log-214 蜘蛛の糸 繋ぎ留めるのは―――
…それは、大いなる存在でありながらも、運命に抗おうとした一つの記録。
ただ一つの思い、自身の愛する者と結ばれたい、
それだけのはずなのに、世界はそれを拒絶するかのように、引き裂いていく。
ある時は、旅人として流れ着いた先で関係をはぐくみ、これからと言う時に大災害に見舞われて目の前で失われた。
またある時は、幼いうちから守り抜こうとしたところ、防ぎようのない不治の病が生じ、そのまま天に召されてしまった。
そしてまたある時は、出会う間に救いのない人体実験にかけられており…世界そのものを滅ぼしかねないものに成り果てたゆえに、手を掛けざるを得なかった。
出会い、今度こそ希望をもって、けれどもどこかで運命が狂い、確実に交わることがない。
それでも、その恋に…愛に魅入られ、呪われた身では、諦める気も起きない。
何度も何度も繰り返し、その度に目の前ですり抜けていく愛しい番。
あと少しでと言うところで摘み取られ、別れ、その後を追って再び駆け抜けても、その先で奪われていく大事な命。
…それでも、私は諦めたくなかった。
呪われたような、番としての、愛の呪い?
いや、そんなのは関係ない。
私はただ、貴方と一緒に歩む未来が…共に、過ごせる愛が…欲しかった。
与えられ、与えて、お互いにもつ愛しい関係。
だからこそ、今度こそ確実に番としてつながれるように、持てる力を全て、その運命に抗うために何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も‥
…何度も何度も何度も…何度も、もう、数えられない、途方もない繰り返し。
そして、今度は…
「…そっか、これが、ハクロの辿ってきた…ハクロになる前から、ずっと僕を追い続けてきた、その記憶と、心なのか」
ぼうっとした、暗い世界をジャックは漂い、目の前に浮かぶ魔石の欠片に語り掛ける。
蛍のように淡い光を放つ、魔石の欠片…目の前にすべての記憶が、その辿ってきた記録が映し出され、どれほどの悲しい心が詰まっていたのか、理解させられる。
―――ええ、そうですよ。私が、私になる前に辿ってきた全て…それが、コレです。
そんな声が、光の中から伝わってくる。
ハクロはもう、命を奪われたはず。
けれども、彼女のすべてはここに残されていた。
―――あんな化け物に、大事なものを…例え、その力を全て取られたとしても、これがどれほど悲しい思い出が多くとも、絶対に奪われたくなかったもの。
―――だって、全てが貴方との大事な思い出。
―――大事な大事な…
『…私の、愛しい番。いいえ、その番としての愛の呪いに関係なく、好きなのですから』
心に響いて聞こえてくる、ハクロの声。
そっとその欠片を手元に手繰り寄せ、胸元に当てる。
弱く、それでいて暖かく感じさせる、ハクロの思い。
ああ、ずっと彼女はその長い悲劇の運命に抗い続け、僕に伸ばした細い運命の糸を手繰り寄せ…その蜘蛛の姿になぞらえるのならば、蜘蛛の糸で絡みつけていた必死の番の命綱を握り続けていたんだ。
「…うん、僕もだよ、ハクロ」
『ふふふ…でも、これ以上はもう…無理ですね』
ピシッツ…
「ああ…そうだね」
みしりと音を立て、限界を迎えた欠片。
小さかったそれは、さらに細かく砕けていく。
『けれども、せっかくのこの運命を…私は、このまま終える気はないです。ジャック…運命を捻じ曲げるために、実は、私の全てを貴方に少しづつ流してました』
「…え」
『その交われない運命を、番とつがえない運命を、変えるだけの…神でさえも、抗うことができないものをどうにかするだけのことがあって、だからこそ私の格は落ちたと言われていたのでしょう』
―――Q.大事な番がずっと、悲劇の運命で交じり合えません、どうしましょうか。
―――A.全力で、力を与えて捻じ曲げるようにします。
ごりっごりの、まさかの力技。
その言葉に一瞬あっけにとられたジャックだったが、ハクロらしさに思わず笑い声を漏らす。
「く、くくっ…ハクロらしいや。それで…ああ、だからこそ使うのか」
『ええ、私の力は確かに、あの化け物に奪われましたが、それでも大事なものはここにあります。それを今…解き放ちましょう。そのせいで、多分人外になりますけれどね』
「まぁ、それも悪くはないさ。だって皆、大事だけど…僕だけ、人間だしね。うん、例え人外だろうと何だろうと、とりあえずは…」
「『あの化け物を、一緒にぶっ飛ばそう』」
心と声が、一つになり、ジャックとハクロはお互いに笑みを浮かべる。
消えゆく欠片はそのまま全てがジャックの中に入り、体の内側から輝き始める。
失われた肉体、それでも二人が別れたわけではない。
悲劇を乗り越え、ようやく結ばれ、その力は発揮される。
―――そもそも普通種や通常種、厄災種は人が付けたものですけれども…何故、考えたことはないのでしょうか。
人が、その例外になるのだと、どうして思うのでしょうか。
『---それでは、一緒に行きましょう、ジャック、いえ…愛しい、私の番』
長い、道のり
それは、ようやくつながる
絡みついた蜘蛛の糸は、ようやく大事なものを手繰り寄せ…
次回に続く!!
…月超えちゃった




