log-017 誘いはそれなりに
「それでは、本日の授業はここまで。あとは皆さん帰宅して、家の手伝いを行うなどしてください」
「「「はーい」」」
…本日の教会での学びの時間も終え、帰りの時間となった。
前世でいうところの学校というよりも、寺子屋のような教育体系のようだが、それでもしっかりと学ぶことがあるのは良いことなのだろう。
この狭い田舎の村で学んで何があるのかと言えば、行商人との商売の交渉などもあり、意味がないわけではないが…
「ああ、それとジャック君、ちょっと残ってくれないかな」
「ん?ああ、はい。わかりました」
いつもならば普通に帰宅できるところだったが、何やら神父様に呼び止められた。
何か、やらかしたかなと思ったが、心当たりはない。
問題が無いのであれば、何かあるのかなと思い、指示に従うことにした。
なお、ハクロのほうは今、ここでの教師代わりに来ていた修道服を脱いで、着替えている途中なのでいない。
「何か、ありましたでしょうか、神父様?」
「ああ、ちょっとね」
そう言いながら神父様が取り出したのは、一つの封筒だった。
「ここ最近の君の成績を確認していたけど、中々良い状態だからね。今なら、王都での学園に推薦入学できるかなと思って、その推薦書を渡したかったんだ」
「王都の学園への、推薦…?」
かくかくしかじかと話を聞けば、どうやら教会での教育の取り組みの一つとして、成績優秀者は王都の方の学び舎…この国だと、グラビティ王国の王都にあるグラビティ学園とやらへの入学ができるようになっているらしい。
ただ、正確に言えば入学というよりも転入に近い形ではあるらしい。
何しろ、教会は各地に色々と散らばっているから、統一して人が同時に集まるのは厳しいのだとか…それなりの理由はあるようだ。
それはそうとして、今回はどうやら僕が選ばれたらしい。
「なるほど…王都の学園かぁ」
「ここよりも、さらに上の教育を受けられる機会だからね。場合によっては、その将来の可能性の道をより広げられるだろう。城に努める文官や、騎士道を学んでの騎士、冒険者ギルドの王都支部もあるから冒険者への道を進むというのも…あ、いや、それはちょっとお勧めはしないか」
「何でですか?」
「冒険者というのは、ハイリスクハイリターンな職業の一つで、教育を与える立場的には、安定した生活を送ってほしいからね…まぁ、時々の小遣い稼ぎ程度なら、やっても損はない副業にはなるだろう」
異世界物ならば王道の職業の気がするが、現実はそこまで甘くはないらしい。
本気で取り組める人ならば高みを目指せる可能性はあるらしいが…そうでないならば夢を追ってたどり着けないだけか、あるいは少しばかりの小遣い稼ぎの手段の一つとしての、少しばかり苦い現実があるようだ。
とにもかくにも、王都での学びの機会とやらは、結構大きな可能性を秘めているらしい。
村でのんびりと過ごすのも悪くはないが、成れる可能性があるものが増えるというのは、それはそれでありだ。
「あ、でもその場合は村から離れて過ごすことになるんですよね?」
「もちろん。数年間は王都での学園にある寮で過ごすことになるね。休暇時にかえってくることもできるが、基本は王都暮らし…不便さはないが、故郷を懐かしく思う時間が出てくるだろう」
各地から推薦された人が来る分、往復に相当時間がかかるのを見越して、寮が用意されており、そこでしばらく生活することになるのだとか。
衣食住はある程度国が負担してくれるようで、教育で受けた分を将来的にしっかり返してもらうためにも投資しているようにも思える。
まぁ、小遣いなどは自力で稼ぐ必要もあるようだが…悪くはない話。
むしろ、よりいい暮らしを行える可能性があるのならば、やってみる価値はある。
「見知らぬ土地での生活…慣れるまでが大変そうですが、推薦の話、受けましょう」
「それは良かったよ。一応、いつでも辞退もできるが、とりあえずまずは一年位は過ごしてみると良い。詳しい内容は後でまた話すとしよう。すぐに王都へ向かうのではなく、ある程度の準備が必要だしね」
「はい」
「それと、君だけを推薦に出したけど、正確に言えばそうじゃないよ。従魔契約を結んだ子も一緒に行けるからね」
「良かった…と言えるのかな?ハクロ、この村では好意的に受け止められているけど、ここ以外ではどうなるのかがちょっと不安かもなぁ」
一人きりで送り出されずに、一緒に向かえるのは良いのだが、彼女はモンスターの身である。
この村ではそこそこ外部の書物の影響で良くも悪くも受け入れられた部分はあるが、より人の多い王都ではどのようなことになるのか。
「うーん、確かにそう思えるかもしれないが…逆に、彼女にここで一人きりで待ってほしいと言えるかい?」
「…言えないですね」
何だろう、そんなことを告げたら確実にこっそり後からついてくるのが目に見える。
それどころか、離れるのを嫌っての拉致監禁まがいなこと…は、流石にしないとは思いたいが、メンタル的には不安しかない。
ならばいっそのこと、最初から堂々と一緒にしたほうが良い。
そう考えつつ、後でハクロに対して、推薦の件を話すのであった…
【グルボッボボ】
「来たね、グランドマチョポッポ」
…教会から子供たちがいなくなった深夜。
窓に降り立った筋骨隆々な、ご立派過ぎる鳩胸をもった鳩が窓辺に降り立った。
それは、グランドマチョポッポと呼ばれる、鳩のモンスターの上位種…特別な伝達に限り、使用される特別な郵便屋さんである。
その足に、神父はいくつかの手紙を括り付け、送り届けた。
実は、通信用の魔道具というのは存在しているのだが、特別な内容に関しては、このマチョポッポ便を使うことが決められている。
盗聴などの恐れもなく、なおかつこの鳩自体もかなりの戦闘力を持ち、確実に目的地へ手紙を届けられるからだ。
特に、このグランドマチョポッポは通常種よりもはるかに強く、場合によっては軍の秘密兵器として採用されることもある。
かつて、ある国の記録ではマチョポッポの厄災種というものも存在したことがあるほどで、それはそれは凄まじい被害をもたらしたともいわれている。
そんなマチョポッポ便に手紙を括り付け、月夜を飛んでいく姿を見て、神父はほっと胸をなでおろす。
「とりあえず、これで王都へ向かってくれるだろうが…果たして、そううまくいくだろうか」
実は今回、国の上層部からの指示があり、ジャックへの王都への推薦を行った。
成績としては可能な範囲ではあったので、誤りではないのだが…どうも、彼を、いや、彼に確実にくっついてくる彼女が王都に来てくれることを望んでいるらしい。
何やら相当な面倒事が今後数年間の間に確実に起こるようで、その間のせめてもの守りにしたいとかいう内容はまだ理解できるだろう。
しかし、それでも相手は物ではなく、モンスター。
それも、愛ゆえに狂う厄災種。
不測の事態が起こることも否定はできず、下手をすれば諸刃の剣ともなる。
「…まぁ、せめてもの願いは、無事に彼らが学園を卒業し、無事に育ってくれることでしょうか」
正直言って、この田舎での暮らしが良いので、上のほうがどうなっても構わないところはある。
教会の神父としてそれは良いことなのかは微妙なところだが、せめて未来溢れる若者の命が無事に成長さえしてくればいい方か。
「神よ、できるかぎり、彼らの今後の旅路に良き安寧の日々を過ごせるように…」
祈りを捧げ、そうつぶやく神父。
その願いは果たして届くのかは…神のみぞ、知る。
「しかし、相変わらず怖いですねぇ、グランドマチョポッポ。郵便屋として非常に優秀なのはわかりますが、あれのレースを行う場所の光景が、まだちょっとトラウマか…」
…マチョポッポはその優秀さから、実は競馬のようなレースに使えないかと試行錯誤されるときがある。
しかし、何事にもそれなりのビジュアルというのは必要であり…かつて、若い時に出来心で参加し、負ってしまったそのトラウマは、今もなお出てくるのである…
与えられた、村の外への切符
これに乗って、いよいよ世界への道が開けるだろう
何かしらの思惑が混ざり合っているようだが…気にしていてはきりもない
次回に続く!!
…今はしっかりやっていても、何事も若気の至りというのはあるようで…




