log-160 眠りはまた油断している時で
…深夜、誰も彼もが寝静まりこむ時間。
帝都内の家々は明かりが消えていったが、一部では昼間の喧騒がない時間として穏やかに物思いにふけるものや本を読むもの、いびきでバックドロップを喰らうものなど、様々な時間を過ごすものが多いだろう。
そして、学園の寮内でも消灯時間を過ぎても、密かに夜更かしをしていたりするものだって存在していた。
【…まぁ、そういう時間こそ最も油断しているもので、どこからともなく悪魔が忍び寄っての可能性も考えて歩くが…その、何だ、マジで我が今、怪談になりつつあると】
「ああ、マジですよアルミナたい…いや、ルミ。その怪しい怪談を聞いて心当たりしかなかったので、出歩いてみたら…校舎内の青白い焔を灯した首なし死体って怪談…今の絵面的にどう考えても該当者が一名しかなくて…」
その中で校内では今、ルミはリアに出くわし、その話を聞いてしまっていた。
なんでも、学園内にある七不思議に最近加わったものがあるようで、どう考えても彼女の特徴しかないということで、確認のためにやってきたらしい。
「はぁぁ…なんでかつての同僚が、怪談話にまでなるとはなぁ…普通にして怪談になった友人は、これで3例目だ…」
【おい、既に我意外にも前例が2つあるのか】
「意外とこういう学内って、忍び込む人外は多いんだ。何もしなければいいのだが、そのうちの一例が明らかにやばすぎたので直接片づけに向かう羽目になったのもあったがな…」
悪魔にデュラハン、ある意味共に夜に出歩くものとしては似合う者。
なんやかんやありつつも、学園内の見回りにはお互いに思うところもあるようで、一応は異常が無いように共に歩いていた。
「あの時は酷かったよ。何しろ、怪異になった原因がガチ泣きで助けを求めて来て…カオスだったなぁ、アレは」
【本当に何があったんだ、それは】
「ははは…悪魔にも黒歴史がありと言うか…ん?」
どこか遠くを見るような空虚な笑いを上げていたが、ふとその雰囲気が切り替わった。
【どうした?】
「これは…不味いな、アルミナ隊長…っと、間違えた。ルミ。鼻を塞げ」
【鼻?…っ、ああ、なるほどそういう事か】
リアの言葉に対して、すぐに理解したルミは兜を装着し、外の空気が入らないように下を閉めた。
【デュラハンになっても持っていた兜…まだ、この機能を残していてよかったな。結構昔に聖女様でさえも苦戦した、悪臭漂う主対策用に使っていたものだが…】
「本当に、酷かったなあの時は…それよりも、大丈夫か?理解したようだが、その様子だと少し吸い込んだと思うが」
【少しだけ受けたが元人間の身だからこそ問題は無い。…しかし、誰だ、これを焚いたのは】
完全に兜の機能でシャットアウトしたが、少しだけ感じ取ったあの香りをルミは覚えている。
生前、人の身であれば無害であったが、モンスターに対して使用すると非常に厄介なものになるあの匂いを。
【『混合狂香』…確か、昔は違法薬物だったか。モンスターの異常発生時に、数を減らすなら先に同士討ちさせればいいということで、作られつつも大失敗したもの…】
「今もきちんとこの世界では違法扱いだ。馬車に仕掛けて、道中で襲われやすくなるようにするなどの目的で使われることがある」
目には見えない、漂う怪しい香り。
これはかつて、彼女たちが騎士団として聖女と共に動いていた時に、罠にかける目的で仕掛けられたことがあるもの。
当時、聖女自身は罠に対して悔しがりはしたが、所詮は烏合の衆と言うことで問答無用で、ぶっ飛ばしまくった姿を思い出すが…
【種に関係なく…凶暴化させる効果があったな。確か、ファイのやつがギルドのほうで凶暴化した報告が上がっているとも聞いて、これを使っている可能性を視野に入れていたが…】
「まさに、ビンゴと言うべきか。しかも…これはおそらく、悪魔も少々関わっているな。この世界にはない、ある魔界の怪植物しか取れない奴を混ぜた時に出る香りが混ざっている…コイツは不味いな」
リアの言葉に対して、ルミは理解する。
モンスターに対して、凶暴化させる香り。
しかも、悪魔が関わっているような代物であればさらにその危険度が跳ね上がっており、ここにその香りが流れてきたということは…
―――ドォオオオオオオオオオオンン!!
「っ…遅かったか」
【我々にも、ばっちり効いてしまうか…どこの誰だ、こんな大馬鹿なことをしでかした奴は!!】
自身の頭を首にセットし、すぐに氷炎を身に纏うルミがそう叫ぶ。
その眼の先には、爆発と煙を上げる寮の部屋が。
【主殿ぉぉ!!無事かぁぁぁぁ!!】
爆発による煙をすぐさま消し飛ばし、周囲の香りを霧を噴出して吹き飛ばす。
間違いなく、この漂って来てしまった香りで皆が凶暴化しただろう。
例外も何もなく、確実にその場にいたものが…
ズンツ!!
【グェェェッ!!】
【…へ?】
…間違いなく、凶暴化したはずだったが…そこに今、暴れている者はいなかった。
いや、違う。暴れようとしたのだろうが、カトレア、ルトライト、ファイ、レイ…見事に轟沈し、倒れ伏していたのだ。
【ああ、ルミ。…貴女はどうやら、大丈夫そうですね】
【ハクロ…か?これをやったのは…】
轟沈させたのは…間違いなくハクロ。
その背中には、すやすやとこの騒動が聞こえていないように眠るジャックが寝かされている。
【…ええ、大丈夫ですよ、私は。大事な番を傷つけるわけがないでしょう。皆、何かに影響を受けたようなので…少しばかり、本気で…おとなしくさせただけでス】
【影響を受けて…いるのに…?】
とっさに防いだルミとは違い、ハクロもまた他の皆同様に凶暴になるはず。
しかし、その割には理性がはっきりしているような声をしているだろう。
【ふふふ…これも、愛の力でスヨ。…私の、大事な大事な、大事な、大事な…番を守るためニ】
影響は0ではない。
その声の節々が、少しばかりおかしなものになっている。
そしてその思考も冷静ではなく…むしろ、深い怒りを持っている。
蜘蛛部分の白い毛がジャックを寝かせている場所以外は完全に逆立ち、薄い桜色をしていたはずの目が真っ赤に輝いている。
ゆらゆらと全身を揺らし、ほのかに全身が淡い金色に輝いているような…
【お、おいそれは本当に愛の力…なのか?】
【ハイ。同時にこれは…私自身の…呪いかモデスね。…コレ、やらかした相手…今ならわかリマスので…すミマせん、ちょっとジャックを…お願いしますネ】
【は、ハクロ!!】
ジャックを優しく降ろし、ルミに渡すハクロ。
受け取りつつ、少しばかり情報を整理させてほしいと、ルミが声をかけるが、次の瞬間には姿が消えていた。
【行ってしまったか…今のあやつにも効いているはずなのに、なんだアレは‥‥?確か凶暴になるだけで、姿の変貌はなかったはずだが…】
あっけにとられて、驚愕させられ続けるルミ。
そのこぼした言葉に対して、彼女は正解を持つことはできず、今はただ、留守を任されてしまうのであった…
「ああ、そういう事か。作用かあるいは理性の影響で…一時的に格がわずかに戻ったか」
…そんな彼女に対して、事情を察した悪魔はそうつぶやく。
彼は正解を持つが…それを語る気はない。
何しろリア…悪魔ゼリアスとしては、本来であれば人と慣れあうつもりはなく、ここでの関係は人間研修時代の名残的なものや、そして多くの従魔を従えるジャック自身への興味があるだけのもの。
ただ、それ以外に関しては…あくまでも部外者として見るだけで、関わる気はない。
たとえ、人間研修時代の同僚が疑問を抱いていたとしても、その答えは自力で見つけてもらうだけで、教える気も何もない。
「まぁ、それでも個人的に思うところが出るのは、研修時代の影響か…厄介なものだな、心と言う奴は…一度抱けば、あのようなものでさえも…乱されるか」
そうつぶやきながら、彼はその紅の目をルミに預けられた少年へ向ける。
「…ははは、これだから運命ってやつは、こういうのに巻き込まれる人間もおぞましく、面白いか…」
そのつぶやきは誰にも聞こえないが…どことなく、哀れさと面白さを含むような声色をしているのであった…
「ところで、部屋をぶっ壊した状態のようだが、こっちの方はどうする?」
【げっ…そ、そういえばそうだ…どうしよう、主殿になんて説明を…り、リア、貴様悪魔ならここを元通りにできないか?】
「悪魔を便利屋か何かと勘違いしていないか」
後で始末書等、面倒事が増えそう
何かと起きているが、とりあえずやらかした奴らはただでは済まないだろう
その行先はさてどこに…
次回に続く!!
…人知れず、苦労人に苦労が背負わされていく




