第十三章 質実剛健(6)
シド・ヴァーン公とスクルド夫人が広場へ歩を進めると、騎士たちは一斉に跪いた。ギレンも跪き、そのまま横目でサンブルディの様子を見た。すると、うっかり目が合ってしまった。
どうやら、サンブルディは隊長スレイブズから何も知らされていなかったらしい。彼は困ったように微笑みながら、首を傾げてみせた。
「スレイブズ騎士団長、わたしらは見学させてもらうよ」
シドが片手を挙げて言い、扉の後ろから現れた二人の魔道士が、城主のうしろに椅子を用意した。ギレンは、茶色のケープを着た魔道士のうち一人が、キリエの兄キリウ・リンドであることに気づいた。
いつの間にか、自分の左隣に鎧が転送されている。と、見る間に広場は転送魔法で、決闘上の体裁をととのえられた。赤い絨毯が敷かれ、柵を設けられ、見学者用の長椅子まで段になって、用意されている。
シドに促されて立ち上がったスレイブズは、苦々しい顔をしていた。まさか城主のヴァーン夫妻が、ここへ来るとは思わなかったらしい。
「公子殿下は、何もかもお見通しだ」
竜騎士ル・グウェイが、そう言いながらスレイブズの横を通り過ぎた。スレイブズはいっそう苦々しい表情になって、悔しげに舌打ちをした。それを見て、ギレンはやっと事の次第を察することができた。
要するに、スレイブズはグウェイを外して、自分だけを決闘の場に引きずり出そうとしていたのだろう。理由はおそらく、決闘を名目にして生意気な女騎士を痛めつけてやろうとか、そんなものだろうか。あるいは、さらに別のことを考えていたかもしれない。しかしディーンとカイトの二人には、隠し事など通じるはずがない。
(でも、おかしい)
ギレンは立ち上がってコートを脱ぎながら、考えた。スレイブズは双子が心を読めることを知っていたはず。ならば、出し抜こうなどという考えを持つのはおかしい。それとも――もしや、信じていなかったのだろうか? 生まれつき他人の心が読める力を持った人間がいる、ということを。
「ギレン殿、鎧をつけないのですか」
サンブルディの声に振り向くと、彼はもう慣れた仕草で鎧を身につけ始めていた。練習用の銀鎧は、実際には銀が使われているわけではなく、混ぜ物の多い雑多な金属で出来ている。正式な鎧と違って形が簡略化されており、動きにくいかわりに、素早く身につけることができる。
男どもに寝巻姿を見られたのは屈辱だったが、もともと騎士隊は男だらけの世界なのだ。女騎士自体がめずらしく、そのためギレンはこれまで女として見られないよう、できる限り気を遣ってきた。スレイブズが魔道士に命じてギレンをここに向かわせたのだとすれば、ギレンのそうしたプライドを痛めつける工作であったと考えられる。
(その手には乗らない)
ギレンは深呼吸し、鎧をまとい始めた。騎士たちは好奇の眼差しを遠慮なく向けてくる。よりいっそう騎士らしく、毅然とした態度で、堂々と振舞わねばならない。
「ギレン殿、私はあなたの護衛を仰せつかっただけですから」
サンブルディはそう言ってから、兜を拾い上げた。続いてギレンも兜を手に取り、静かな声で返事をかえした。
「そうでしょうね。別に疑ってなどおりませんよ。時間が早まったからとて、特に驚きもいたしません。いつでも覚悟はできております」
淡々としたギレンの口調に、サンブルディは表情を曇らせた。彼の澄んだ瞳には、あきらかに罪悪感がみてとれた。ギレンには、この人のよさそうな若者が、だんだん哀れに思えてきた。
「お気になさらず、サンブルディ殿。わたくし、憐憫を受ける立場にはございませんから」
ギレンは彼を慰めるつもりで言ったのだが、言葉の選び方が悪かった。サンブルディは、傷ついた顔をした。
(しまった)
彼女はやや後悔したが、前言を取り消すわけにもいかない。軽く溜め息を吐き、今しがた設置されたばかりの闘技場を眺め回した。すると、赤い絨毯を挟んだ向かい側から、グウェイが鋭い視線を投げかけているのに気がついた。目が合うと、グウェイはさりげなく横を向いてしまった。
ギレンは、緋鬼と恐れられるグウェイの行動が妙に子どもっぽく、可笑しく感じられて、吹き出しそうになった。彼女の胸にかかっていた迷いの靄は晴れ、どこか清々しい気持ちになった。
東の空が、徐々に白く輝き始めた。だが、山間の太陽が出るのは遅い。森に囲まれたシュブラウス城は、まだ、ひそやかな夜の空気に支配されている。
魔道士たちの手で松明が燈され、俄に用意された闘技場は戦士の入場を待つばかりとなった。




