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竜の剣  作者: 高倉麻耶
第一部 第十三章
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第十三章 質実剛健(5)

 ギル・ギレンは、いつもよりずいぶん早く目を覚ました。彼女は寝巻の上にコートを羽織り、中宮の屋上にある「物見の広場」へ出た。「天竜の尾」と呼ばれる夜明けの星が、霧の上でうっすらと稜線の浮かび上がった山々の上にきらめいていた。


 ギレンは先ほどの夢を思い出そうとした。久しぶりに、夢の中で養父ローランドの面影をみたのだ。何か重要な言葉を受け取ったような気がするのだが、それがどんなものだったのかは、うまく思い出せなかった。


「お早いですね」


 後ろから声をかけられ、ギレンは急いで振り返った。まさか、こんな時間に人がいようとは思っていなかったのである。


 そこには、〈黄金の鳥〉の異名を持つシュブラウス城の条剣の名手、グレイアス・サンブルディがいた。金髪の美しい巻き毛を持ち、細身で背の高い彼の外見に、その綽名はいかにも相応しいと思われた。彼も軽装ではあったが、寝巻のギレンほどではない。


「なぜ、ここに?」


 風になびく髪を押さえながらギレンが訊ねると、サンブルディは彼女のほうへ歩み寄りながら答えた。


「夜の番です。これから戻るところですよ」

「そんな軽装で、ですか?」

「何も鎧を着る仕事だけではないものでね」


 ようやくギレンにも、サンブルディの言う「夜の番」の意味に見当がついた。


「あなたは……わたしを監視していたのね?」


 ギレンはコートの袖に腕を通しながら、ぐっと顎をひいて、自分を見下ろすサンブルディを睨みつけた。しかし、女の顔で凄んでみせても通用しない。金髪の若い青年は、余裕綽々の様子で微笑を浮かべながら、さらに距離を詰めてきた。


「人聞きの悪いことを。あなたと、騎士グウェイのお二人が、この城で困ることのないように、お手伝いするためですよ」


 サンブルディが詰め寄った分、ギレンは後ろへ一歩さがった。彼の熱っぽい眼差しには、同じ城内に勤める騎士という以上の何かがある。


 ギレンの警戒をみて、サンブルディは両手をあげて一歩さがった。


「そんなに怖がらないでください。何もしませんから」


 ギレンは懐剣の柄に右手をかけていた。これは実の両親の形見で、常に肌身離さず身につけている。魔法の呪が掛けられており、錆びることも傷むこともない。そして、身に危険が迫ったときと誰かを助けたいとき以外、抜くことのできないようになっている。


「試合は夜のはずでしょう? どうして騎士団が集合していらっしゃるのですか」


 ギレンの言葉に、サンブルディはハッとした様子を見せた。彼は気づかなかったらしい。周囲を見回すと、柱の影から武装した騎士たちが次々に姿をあらわした。


「別に、今からでも構わんでしょう」


 スレイブズの声がした。ギレンは懐剣を握り締め、振り返った。白銀の鎧に身をかため、兜を携えた騎士団長セシウス・スレイブズが立っていた。その右隣には、灰色のケープで顔を隠した魔道士が影のように寄り添いながら、ひそひそと呪文をつぶやいている。


(音消しの魔法を使ったのか)


 ギレンは奥歯をぐっと噛み締め、魔道士の姿を凝視した。鼻から下しか見えないが、ずいぶん血色の悪い男だ。一瞬、王城で見た男を思い出した。


(まさか――? いや、公子殿下のお膝元で、そんなはずはない)


 しかし、確かめなくてはならない。ギレンは心の中でカイトの名を呼び、強く念じた。


(カイト殿下! お目覚めでいらっしゃいますか? 物見の広場へ来てください!)


「もう、いるよ」


 ディーンの澄んだ声がこだました。双子は、物見の広場よりさらに上へ昇ったところにある、見張り塔にいたのだ。


「殿下!」


 驚いたギレンが叫ぶと、二人は楽しそうに手を振った。


「がんばって、ギル!」


 なんと、気楽に応援の声を送っている。ギレンは気が抜け、ほっと息をついた。あの二人が平和な様子ならば、この魔道士は城で正規に雇われている者であろう。騎士の顔と名前すら、まだ全員は一致していないような状態なのだから、ふだん滅多に顔をみせない魔道士のことなど、ほとんど憶えていなくても仕方がない。


 そういえば自分はなぜここへ来たのだろう、とギレンは疑った。気づいたときにはここへ向かっていた。もしかしたら、来るように仕向けられたのだろうか。ギレンは軽い屈辱を感じた。なぜ、寝巻で部屋の外へ出てしまったのか。


 スレイブズはギレンの様子を見て、見張り塔のほうを見上げた。しかし、双子のことは気にかけていないようだった。彼は周囲に鋭く視線を走らせているが、おそらくは、グウェイを待っているのだろう。


 そのとき、物見の広場に通じる大扉が、ごろりと重い音をたてて開き始めた。騎士たちの見守る中、普段とは少し違う鎧姿の竜騎士ル・グウェイと、もう一人――いや、二人。


 グウェイを挟んで右と左に、なんと城主である王弟シド・ヴァーン公、そしてその妻スクルド夫人が立っていた。


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