第十三章 質実剛健(2)
「……火鼠ではないか」
グウェイが目を丸くしているのを見て、キリウは少女のように小さく声をあげて笑った。その笑い方はキリエとよく似ていた。やはり兄妹である。
「はい、火鼠です。大丈夫、そんなに恐い生き物じゃないですよ」
「妹君は火蜥蜴を飼っていたな」
「サリーですね。火蜥蜴は確かに扱いの難しい生き物ですが、火鼠はそうでもありません。普通の人間にもじゅうぶん飼えますよ。初級の魔法さえ使えれば……」
キリウは小声で呪文を唱えて、右手の人差し指の先にほんの小さな炎を燈した。真っ赤な毛皮に包まれた小さな火鼠は、「キッ」とかわいらしい声をあげて、一口でその炎を飲み込んだ。
「火を食べるのか」
「はい。魔法で呼び出せば餌代もかかりません」
「毛に触ったら燃えるんじゃなかったか」
「それはただの噂ですよ。よっぽど怒らせない限りは、普通の鼠みたいなもんです」
確かにその火鼠は、色が赤いというだけで他の鼠と姿かたちは変わらない。鼻をひくひく動かして細い髭を揺らす様は、とても愛らしい。グウェイは眉根を寄せて難しい顔をした。
「怒らせたら、どうなるんだ」
「まあ、興奮して走り回ったらその辺が火の海になりますね」
「危険じゃないか」
「大丈夫、ぼくは火の魔法が一番得意なんです。すぐに炎は抑えられます。それに、この城には二人の公子殿下もいらっしゃいますし……」
確かにあの双子がいれば、火鼠が興奮して暴れる恐れはないかもしれない。グウェイは初めてこの城に向かったときの戦慄を思い出した。あのとき、走竜たちは一斉に停まり、飛竜は地上に降り、輝甲竜は契約者である自分の命に背いたのだ。天竜の転生者すなわち「竜の王」が発する命令は、竜の眷属たちにとって絶対の規律なのである。
火鼠は、姿こそ鼠だがれっきとした火竜の子孫だ。キリウはこの火鼠をとても可愛がっているようで、その柔らかそうな毛皮を指先で優しく撫でている。
「名前は?」
「クロエっていうんですよ。男の子ですけど」
思わずグウェイは吹き出した。「クロエ」は「キリエ」のティク語読みである。ペットに妹の名前をつけるとは! しっかり者だとばかり思っていたが、実は寂しがり屋だったようである。
「ティク語がわかるんですか?」
意外そうに、キリウは目をまるくした。
「ああ、まあな。少しだけな」
「そうだ。グウェイさん、これを見てください」
キリウは唐突に火鼠クロエを膝の上におろし、襟元に手を入れて皮袋を取り出した。小さな皮袋は、五色の美しい綾紐で括られている。ティクで女たちが作る細工だ。砂漠の王国ティクでは、昔から草地で羊を遊牧し、その毛を紡いで見事な細工物をつくりあげてきた。豪華な模様を織り込んだ絨毯などは、各国の王侯貴族に需要が多く、高値で取引されている。
グウェイはその袋をキリウの手から受け取った。掌におさまる大きさの、何かでこぼこした硬いものが入っている。
「開けていいのか」
「どうぞ」
袋を開くと、中から真っ白な大理石で造られた小さな杯が出てきた。細かい彫刻が施されており、明かりの下にもっていくと、その意匠が絡み合う二頭の竜であることがわかる。円周上には、古代魔道文字も刻まれていた。
「読めます?」
「いや……おれは、魔道騎士ではないのだ」
その杯を手のひらの上に乗せて眺めるうちに、グウェイはふと妙なことに気づいて顔を上げた。
「これは、杯ではないな――飲み物を入れた形跡がないし、やたら飲みにくい形をしている」




