第十二章 騎士の心(6)
シドは「きみも十分に強い」と言ったあとで身分を明かしたが、グレイアスは頑なに信じなかった。シドが証拠に王家の紋章が入った金の指輪を見せても、「偽物だろう」とか「盗んだのか」などと言って、まったく本気にしなかった。
「とにかく、あんたが何者であろうが負けは負けだ。約束は守るよ。で、おれはどうすりゃいいんだ?」
「後で手紙を送る。届いたら、身のまわりの荷物を持ってシュブラウス城に来てくれ」
「まだ言うのか。いい加減、本当の名前を教えてくれよ」
「だから、シドだと」
「わかったよ。もう、シドでいいよ。シド、おれのおごりで一杯やろうぜ」
二人はそのあと散々酒を呑み、呑み比べではグレイアスの圧勝だった。翌日シドは二日酔いを抱えながら走竜に乗り、シュブラウス城へ舞い戻った。
まごうかたなき本物のヴァーン家公印が押された一通の白い手紙を受け取ったとき、グレイアス・サンブルディは飛び上がって驚いた。そして自分の幸運を喜び、家族や友人と祝杯を上げたあと、長い間納屋でをかぶっていた鎧を引っ張り出して、夜中にひとりで磨きながらつぶやいた。
「ヴァーン公は凄いな、凄い。理想の主君だ。おれは幸運だ。世界一幸運な男だぞ」
手紙には、「先日の約束通りシュブラウス城へ来られたし。我が騎士として終生の守護を誓うべし。シド・ヴァーン」とだけ書かれていた。きわだって美しい筆跡であった。
三日三晩走り抜いてシュブラウス城に着いた彼は、シドの顔を一目見るなり破顔した。思わぬところで再会したスレイブズとサンブルディは、旧友二人が騎士として同じ君主に仕える幸運を、ともに喜んだ。
ところが、サンブルディの話を聞いたスレイブズは少し妙な顔をした。彼には、シド・ヴァーンが世を忍ぶ仮の姿で騎士を物色するなどというのは、腑に落ちない話だったのである。かといって、サンブルディの話が嘘だとは思えない。不思議に思ったスレイブズは、思い切って主君に尋ねてみることにした。
主君シドと二人で話す機会を得たセシウス・スレイブズは、
「なぜサンブルディを呼び寄せられたのですか」
と、いきなり核心に迫ってきた。シド・ヴァーンは妻の入れ知恵だとは言わなかったが、質問には正直に答えた。
「おまえが寂しいだろうと思ってな。ちょっとしたプレゼントのつもりだったのだ」
それを聞いたスレイブズは、思い当たる節があったのだろう。みるみるうちに顔を恥辱で真っ赤に染め、肩を震わせながら訴えた。
「わたしに不満がおありなら、どうぞ何なりと仰ってください。わたしはあなたの忠実な騎士です。あなたの命令には絶対に服従いたします」
シドは腕を組んで唸りながら考えた。この若い一本気な騎士は、自分と似て傷つきやすいところがある。あまりきつい言い方をすれば、才能の芽を摘んでしまうことになるだろう――そう思うと、自然、奥歯に物の挟まったような言い方になってしまった。
「いや、特に不満はないのだ。よくやってくれていると思う。ただ、その……人間関係というものは、存外に難しいところがある。特に、心の通じる友を見出すというのは簡単なようで難しい。どうも最近、この城ではおまえが孤独なように見えたものでな……」
これが失敗だった。曖昧な言い方が苦手なセシウスは、はっきり言われないと納得しないの人間なのだ。
「それは、どういうことですか。わたしの言動に何か問題があると」
「いやいや、問題などない。好きなようにやってくれたらいい。この城の警備は全般的におまえに統率してほしいと思っているのだ。諺にこうある。『道を思う心あれば、その下に人が集う』」
「『大樹の陰に寄るが如く』ですね」
それきりスレイブズは黙り込んだ。シドの言いたいことがわかったらしい。だが彼には、即座にそれを受け入れるだけの器量がまだ備わっていなかった。スレイブズにとっては、遠まわしに忠告を受けるということが腹立たしくてならなかったのだ。
その苛立ちが自責の方向にいくのではないかと、シドはそればかり心配していた。幸いそれは杞憂に済んだが、かわりにスレイブズは騎士隊長の権限で独自の規律を策定した。こんな内容である。
「以後、この城に入城する騎士は必ずわたしと剣を交えることにする。形式は決闘。わたしが相手に申し込む。その実力によって、わたしが仕事の内容を割り振る。勝てば自由にしてよい。騎士隊長の任が欲しいというなら、わたしから殿下に進言する」
つまり彼は、実力主義を徹底して行えば、無駄な「新入り苛め」が発生せずに済むと考えたのであった。その思考自体が既に自尊心を守るための方便だとは、スレイブズはまだ自覚していなかった。




