第十二章 騎士の心(4)
シド・ヴァーンがセシウスを見出したのは、妻スクルドの故郷であるヴルディ領に赴いたときだった。「青の森」の西端に生きるヴルディ領民は、豊かな森林資源を守りながらその恩恵にあずかって生活する人々である。領民の多くは狩人や樵で、農地を耕す者は少ない。彼らはみな素朴な人柄で、スクルドの父セヴァンは気さくに領民と会話した。上流社会の人間以外と口をきいたことのないシドにとって、それは大きな驚嘆に値するものだった。
ヴルディ家の領館ヴルディス城でしばらく滞在するうちに、シドは色々と重要なことを学んだ。ヴルディ家の人々は、スクルドとシドの結婚をみな心から喜んでおり、領民たちもこぞってシドを歓迎した。
セヴァン・ヴルディ男爵との出会いがなかったら、シドは今のような人格者にはなり得なかっただろう。この父親の性格と「青の森」の風土が、スクルドの強さと明るさを育てたのだ。スクルドは父親を心から尊敬しており、純朴で清廉なセヴァンの言葉は、そのひとつひとつがシドの胸に響くものを持っていた。
ヴルディ男爵は、気骨ある武人貴族である。中央の貴族社会では「田舎武士」と侮られていても彼の実力は確かなもので、若かりし頃には十二年に一度行われる国際大会「マーサリア」での優勝経験を持っている。(※『マーサリア』はミディアのマサムーン王にちなんで名付けられた。例の試合が行われた跡地に、マサムーン和睦記念闘技場が建てられ、そこで開催されるようになった武芸の競技大会である)
この大会のとき、ヴルディ男爵は長剣の試合でクラウス・スレイブズと戦い、僅差で彼を破ったのだった。以来、スレイブズ侯爵とヴルディ男爵は互いを親友と認め、長らく交流を深めている。
結婚したばかりのシド・ヴァーンがヴルディス城に来たとき、クラウス・スレイブズ侯爵の末弟セシウスは十二歳だった。セシウスはヴルディ家に預けられていたのである。
というのも、彼とちょうど同じ年に生まれたスクルドの弟が、交換のような形でスレイブズ家に預けられ、それぞれ自分の家とは違う武術を体得するように仕向けられていたからである。これはヴルディ男爵とスレイブズ公爵が相談して決めた、「新しい武術の開発計画」の一端なのだった。そして、シドはその話を聞くと一も二もなく参加を決めた。
セシウスは子どものうちから目立って体が大きく、色黒で筋肉質だった。その身体能力の素晴らしさは、彼の先祖である「草の民」を彷彿とさせた。ヴルディ男爵から彼を紹介されたシドは、剣の練習につきあった。もちろん、十二歳の子どもが武勇で名を馳せるシドに敵うはずはない。しかし、セシウスは非常に負けん気の強い性格で、粘り強く稽古を繰り返すうちにシドをたじろがせるほどに成長した。これをきっかけに、二人は兄弟のように仲良くなった。
一ヶ月経ってヴァーン夫妻がヴルディス城からルベイへ帰るとき、すっかりシドに懐いてしまったセシウスは泣いて残念がった。そのとき二人はこんな約束を交わしたのだった。
「セシウスが十五歳の成人を迎えた暁には、騎士として生涯守護の契約を結ぶ。そのときまで、互いの命を決して落とさぬと約束する」
そしてセシウス・スレイブズは、十五歳になると同時にシュブラウス城へ移り住んだ。
若き騎士セシウスは、十五歳の若さで既に御前試合での優勝経験を持っており、「スレイブズ家の若き獅子」として引く手あまたであった。しかし彼は約束通り、敬愛するヴァーン大公と生涯守護の契約を交わした。それからの彼の綽名は、「黒の森の獅子」になった。今から六年前のことである。
彼はギレンより五歳も年下なのだが、ギレンが「自分と同じ年頃」と誤解するのは無理もない。勇猛さのみならず顔つきまでが獅子に似ているせいで、彼の外見はとても年相応には見えないのだ。
セシウス・スレイブズがシュブラウス城に騎士として入城したとき、彼を迎えたのは多くの人々の冷たい視線だった。唯一、幼い頃から彼を見知っているヴァーン夫妻だけが彼に対して温かく接した。
スレイブズ家は歴史が浅く、しかもその興りが奴隷戦士から異例の出世だったため、他の武人貴族にはたいがい嫌われていたのである。さらには、彼が御前試合で打ち負かした者が多く騎士として城に勤めていた。加えてヴァーン夫妻の厚遇である。つまり、彼の存在を面白く思わない人間が多かったのだ。このことが、セシウスにとって大きく不利な状況を作ってしまった。




