第十二章 騎士の心(2)
ギレンが庭の中ほどまで歩いたところで、サンブルディは片手をあげて彼女を止まらせた。そして彼女の前まで来ると小さな声で、
「伝言があるのです」
と囁きかけた。少し離れた場所から、彼の背中にグウェイが鋭い視線を投げかけている。
「なんでしょう」
ギレンは臆することなく、注意深くサンブルディを観察した。外見からはニヤけた色男かと思っていたが、彼女に対して「女性」をみるような態度は微塵も感じられない。意外に真面目な堅物のようである。
「隊長から、あなたに勝負の指名が」
「……」
ついに来たか、と彼女は覚悟を決めた。しかし、ここは知らぬふりをしなくてはならない。
「スレイブズ隊長が、なぜわたしに?」
「さあ、そこまでは」
サンブルディは面倒くさそうにとぼけて見せた。彼からは何も聞き出せそうにない。
「大丈夫ですよ。相手に怪我をさせるような人ではありません」
「わたしには、受けて立つ理由がありませんが」
ギレンはかまをかけてみた。サンブルディは、ややむっとした表情で考え込んだ。それから、
「騎士たるもの、いわれなき勝負であろうとも受けて立たねばなりません」
と教科書的なことを言った。ついギレンは面白くなって、
「そうでしょうか。わたしにはカイト公子殿下をお守りするという大切な使命があります。殿下の無事を確保するのがわたしのつとめ。たとえわたし個人が侮辱されようとも、殿下の守護を果たさずに決闘に出向くわけにはまいりません」
などと反論しながらサンブルディをからかい始めた。金髪の美青年は思い切り渋い顔をして、ふっと諦めたように笑顔をみせた。つい、つられてギレンも笑ってしまった。
「意地悪しないでください。ぼくはただの伝令役ですから」
騎士サンブルディは肩を竦めて笑い、ギレンの笑顔を見ると急に無表情になって目を逸らした。その眼には罪悪感が浮かんでいる。自分に正直な若者なのだ。思わず、ギレンは「ごめんなさい」とつぶやいた。
「あなたに対して悪気はないんです。ただ……やっぱり、ちょっと納得がいかなくて」
自分からかまをかけておいてぼろを出してしまった、とギレンは自嘲気味に笑った。
騎士道は、ルーン王国だけの文化ではない。風と峡谷の国ファランや、広大な湿原を有する土の国ミディアでも、水と森の美しき国ルーンと同じように騎士道の精神が重んじられている。
唯一、砂の大国ティクの戦士たちだけが、教義的な理由から騎士道らしきものを持っていない。だが、彼らには彼らの守るべき規律がある。
ティクの人々は唯一神として火の竜を崇めており、彼らが絶対視する「聖なる予言書」の中には「目的のためには手段を選ばず、目的を達するために喜んで命を棄てるべし」ということが書いてあるのだ。
平地が少なく崖の多いファランと、どこまでもぬかるんだ平野の続くミディアでは、それぞれルーンとは少し違う武術が発達している。平和を愛するファランの人々は、人間同士が傷つけあうことを極端に嫌い、素手で相手を組み伏せる魔法のような技術を持っている。これは男女関係なく、幼い頃からみな同じように学ぶのだという。
もともとその技をファランの人々に教えたのは、草原に住む半人半妖の先住民族たちであった。ティク人が「砂の民」を崇敬するのと同じように、ファラン人も知恵をもたらす存在として「草の民」を重んじている。
対照的に、ミディアでは昔から様々な武器が研究開発され、発達している。ティクとの小競り合いが多かったせいだろう。ただ、その武器はルーンで一般的に使われているような金属質のものではない。「ミドロ」と呼ばれる、特殊な土を練って焼成した不思議な素材でできているのだ。
ミドロによって作られた製品は、ルーンやファランに数多く運ばれ、ルーンではセルミドといって貴重なものとして扱っている。同じものを、ファランでは発音が変わるためセラミカという。彼らは峡谷の間を人工の翼で渡るのだが、それを作成するのにはセラミカが必要であるらしい。
ミディアにおける面白い武器としては、土製人というものがある。セルミドの塊でできた人型の機械を使って、ティク人と戦うのである。この「土製人」はもともと農業用に開発されたものだったが、ティク人の戦争の仕方があまりにも人道を逸脱しているため、やむなく転用したらしい。ティクの戦士たちにとっては、剣も弓矢も通じない土製人はたいへんな脅威であったろう。




