第十二章 騎士の心(1)
第十二章 騎士の心
満月を少し過ぎた明るい月光が、建物の影を映し出し、木々の生い茂る中庭に差し込んでいた。ルベイの王城ほどではないが、よく手入れされた庭である。中庭は四方を壁に囲まれて、回廊からすぐ出入りできるようになっている。その美しい庭の真ん中に、白銀の鎧を纏った騎士が剣を構えて立っていた。
ほとんど飾りのない、昔ながらの無骨な鎧である。表面に傷や凹凸が無数にあり、かなり年代もののようだ。騎士は幅広剣を構え、いきなり激しい剣舞を始めた。その動きは見事に洗練されており、無駄がない。
三回ほど同じ形式での剣舞をすばやく繰り返したあと、その騎士はぴたりと動作をやめ、剣をおさめた。
「ふうっ」
兜を脱いで顔をみせたのは、「黒き死」の異名をとるギル・ギレンであった。高いところで結んだまっすぐな金髪が、さらっと背中に滑り落ちる。彼女は布袋から白い端切れを取り出して、額の汗を拭った。
「のろいな」
木陰から彼女に向かって、低い声が発せられた。
「……はい」
ギレンは深く溜め息をついて、その男のほうへ歩み寄った。金色の騎士が月光のもとに足を踏み出し、闇の中から荘厳な姿を現した。ギレンよりひとまわり軀の大きいその騎士は、長剣を腰に差している。
ギレンは兜を小脇に抱えて、さっきまで彼が立っていたその木陰に引っ込んだ。かわりに、黄金の騎士が中庭の中心に立つ。いうまでもない、この男の名は――「緋鬼」ル・グウェイである。
グウェイは、ギレンが使っていた剣の三倍は重量のありそうな、分厚い剣を引き抜いた。抜いただけで風圧が草を薙ぎ、ギレンの長い髪を揺らした。庭にある一番高い樹の枝から、驚いた小鳥が飛び去った。
ギレンは、グウェイの呼吸を読み取ることができなかった。前触れもなく、演武はいきなり始まった。
湿った土塊が跳ね飛んだ。ぼう、ぼうと風の音が起こり、月光がきらきらと剣先に舞い踊る。まるで竜巻が起きたような気がして、ギレンは目を細めた。
祈りの儀式のように四度、東西南北の四方に向かって同じ剣舞を繰り返したグウェイは、終わると同時にその大剣を鞘におさめた。彼の発した音が、石壁に余韻を響かせている。恐るべき迅速さだった。静まったグウェイと目が合って、ようやくギレンは忘れていた呼吸を取り戻した。
グウェイが兜を脱ぐと同時に、どこからか拍手が響き高い壁面にこだました。彼が兜の下に着けていた赤い頭巾をとると、渡り廊下から私服姿のグレイアス・サンブルディが姿を見せた。満面の笑みを湛えたサンブルディは、そのまま手を叩きながらグウェイのほうへ歩み寄った。
「いや、さすが。素晴らしい剣舞です」
グウェイは、ギレンの姿を隠すようにしてサンブルディの前に立った。
「これはサンブルディ殿。隠れて練習しているところを見られてしまいましたな。どうか見逃してください。とてもお見せできるようなものではないのです。お恥ずかしい限りだ」
サンブルディはギレンの剣舞も見ていたらしい。既に、牽制をかけられたことに気づいている。彼は少しも怖気づくことなく、落ち着いた様子で両腕を組んだ。そして海のように深い碧眼で、威圧的なグウェイの視線を凛と弾き返した。
「ご謙遜なさいますな。どうぞ私のことはお気になさらず、続けてください」
「いや、今夜はもう終いに」
グウェイはサンブルディの眼をまっすぐに見つめた。見つめられる側の気持ちとしては「睨みつけられた」というほうがずっと近いだろう。傍からみれば、「ねめつける」というのが最も的確な表現かもしれない。サンブルディはなかなか長身の男だが、グウェイのほうがさらに上背があるうえに、肩幅も広い。
「ギレン殿もお戻りに?」
どうやらサンブルディには、怖いもの知らずという評価が妥当なようだ。ギレンはげんなりしながら、木陰から月光の下へ出た。
「ええ、わたしもすぐに戻ります」
「少しお話をさせていただきたいのですが」
微笑を浮かべながらギレンを見るサンブルディに、グウェイは凍るような視線を送った。しかしこの青年は、動じる気配がない。仕方なく、グウェイは言葉で警告を伝えることにした。
「彼女は我が師匠の大事な一人娘でね。それなりの筋を通さなければ、滅多に近づけるわけにはいかんのです。ご遠慮くださらんか」
「私はただこの城の騎士として話をしたいだけです。下心などありません」
軽装のサンブルディは、腰に一本の条剣を佩いている。グウェイは黙って右掌を差し出した。一瞬、サンブルディは彼の行動の意味がわからずに戸惑ったが、すぐに気づいてベルトを外し、剣をまるごと手渡した。




