第十一章 シュブラウス城の騎士たち(4)
「他の鎧はお持ちですか?」
「いいえ」
これも素直に認めた。グウェイも首を横に振った。キリウは、思慮深い眼差しで二人の瞳を交互にみつめた。鳶色の髪に鳶色の眼、そしてその面影はキリエとよく似ているが、鼻が高いので顔立ちはだいぶ違って見える。全体的な雰囲気は、どこかシグヌス・アルウェンと通じるものがあった。それでギレンは、道理でキリエがシグヌスとすぐに仲良くなったわけだ、と内心ひそかに納得した。
「それなら、すぐに僕が手配します。魔法の鎧は騎士試合に使用できないので」
「騎士試合に参加するつもりはありませんが」
首を傾げて、ギレンが問いかける。グウェイは、腕を組んだまま黙ってキリウの言葉を待った。
「でしょうね」
ギレンの質問は、キリウにとって予想通りだったようだ。
「しかし、そういう訳にはいかないのです。この城の騎士たちを束ねているスレイブズ騎士隊長は、彼らを実力で順位付けしながら統括しているので」
「なるほど」
やっとグウェイが重い口を開いた。
「おれとは気が合いそうだ」
今度はキリウが首を傾げる番だった。ギレンが解説を加える。
「逆の意味です」
「ああ」
キリウは腑に落ちたようで、苦い顔をして笑った。グウェイは何食わぬ顔で冗談を言ったのである。
「騎士試合は毎月、『守護週』の『守護日』に行われます。つまり月に四日ですね」
キリウ・リンドはてきぱきと説明を始めた。「守護週」「守護日」というのは、その月と同じ属性の週と曜日のことである。火の月なら火の曜日。水の月なら水の曜日が守護日にあたる。これに対して、逆の属性を持つ曜日を「忌み日」と呼び、火の月なら水の曜日が忌み日になる。(※『火の月』は夏、『水の月』は冬、『土の月』が春、『風の月』が秋にあたる。一年はこの四ヶ月で一巡する。一ヶ月は八週間あり、四つの属性ごとに兄週と弟週がある。一週間は八日あり、同じく四つの属性ごとに姉日と妹日がある)
「次の開催日は三日後です。最初は見学させてもらいましょう。新しい鎧を作らせるのに、採寸から始めて二週間ほど掛かります。鎧が出来たらすぐに参加を命じられると思いますので、それまでにお二人で練習をなさってください」
「必要ない。訓練なら毎日やっている」
グウェイの自信たっぷりな返答も、キリウは予想済みだったようだ。
「魔法の掛かっていない鎧は、意外に重いですよ」
ギレンは思わずグウェイを見た。いつも通りの無愛想な顔である。彼はしばらく黙っていたが、ふと思いついたように小声で尋ねた。
「リンド事務官殿、もしかして貴殿は魔道騎士か」
「仰るとおり、上級魔道騎士免状を持っています。しかし、ここでは内緒にしておいてください。ただの従者で通ってますから」
思ったとおり、天才魔道士キリエ・リンドの兄だけあって、やはりただの召使ではなかったらしい。ギレンはあらためてこの十九歳の若者を、上から下までまじまじと見た。上級魔道騎士といえば、中級魔道士資格と上級騎士資格の両方を必要とする、最も難易度の高い国家資格なのである。しかもそれが、魔法を見抜く「竜眼」の持ち主だとなると――なるほど、ヴァーン公が彼を抜擢して側に置くわけだ。
「もしかして、上級魔道士免状も?」
「……」
キリウは、ギレンの質問に答えるかわりにドアのほうへ視線をすべらせた。重い足音が三人分、通り過ぎていった。十分に遠ざかるまで待ってから、キリウは再び口を開いた。
「僕のことはあまり訊かないでもらえませんか。話すに話せないことばかりなのです。とにかく、あなたがた二人がこの城でうまくやっていけるかどうかは、騎士試合に掛かっています。試合に勝つことは自由を意味し、敗北すると不自由になります」
「――どういう意味ですか」
自由? 不自由? キリウの奇妙な言いまわしに、ギレンは面食らった。
キリウは秀麗に整った眉をひそめて、ギレンを正面からじっとみつめた。近くで見ると、睫毛が実に濃く長い。少年と青年の境目にある不思議な魅力を備えている。その眼に見つめられたギレンは、不覚にも動悸が早まるのを感じた。十歳近く年下なのだが、彼の言動は妙に大人びている。
「ギレン殿、あなたは特に気をつけなければならないと思います」
「えっ……」
意味をはかりかねて、ギレンは戸惑いを深めた。
「なぜ?」
グウェイが鋭く問いかけた。キリウはギレンから視線を外して、グウェイのほうを見た。その瞬間、竜騎士ギル・ギレンはかつて感じたことのない奇妙な思いを味わった。




