第十一章 シュブラウス城の騎士たち(2)
「そう。それでね、今は他の竜具がどこにあるのか、全然わからない。でも、いずれ一箇所に集まる時がくる」
「どうして?」
「アーリンも転生してるはずだから」
「えっ!」
思わず、キリエは心臓のあたりを押さえた。いきなり押さえつけられたサリーが、胸ポケットの中で「キューッ」と悲鳴をあげた。
「あっ、ごめん……びっくりしちゃって。痛かった?」
幸い、サリーは寝ているところを起こされただけで、機嫌を損ねてはいなかった。前髪を焦がされずに済んで、キリエは心底ホッとした。
「転生するのは、天竜だけじゃないのね! 大魔導師マ・アーリンも転生していたなんて! ……人間に?」
「人間だよ。たぶんね」
「たぶん、か」
「会えるまでは、わからないよ」
「……じゃあ、わたしじゃないのね。残念」
ディーンは快活に笑った。キリエは、本当に残念そうな顔をしている。幼い頃から魔法の天才児としてもてはやされてきた彼女は、「自分がマ・アーリンの転生者かもしれない」と、一瞬本気で疑ったのだった。
道中、ギレンとグウェイの二人は警戒を強めて神経を尖らせていたが、幸いそのあとは何事も起こらず、一行はヴァーン領「黒の森」のシュブラウス城へ無事に到着した。
城では、塔から望遠鏡を覗いていた物見の若者が最初に彼らを見つけ、すぐに城じゅうに公子たちの帰還を知らせた。騎士グレイアス・サンブルディは息せき切って見張り塔に駆け込み、物見の手から望遠鏡を奪って彼らの姿を確かめると、満面に喜色を湛えて歓喜をあらわにした。
「殿下が! ディーン殿下がお戻りになられたぞ!」
サンブルディが興奮して騎士たちに触れ回り、シュブラウス城は一気に活気づいた。騎士隊長のセシウス・スレイブズは苦い顔をして、はしゃぐサンブルディを窘めた。
「王弟ヴァーン様を守護する騎士が、そのように浮かれるものではない」
「しかし、隊長。あのグウェイ殿とギレン殿の二人がご一緒なんですよ。嬉しいじゃありませんか」
「そんなに嬉しいのか、サンブルディ」
スレイブズの様子に、サンブルディは不思議そうな顔をした。
「嬉しくないのですか? ルーン王国最強の竜騎士二人が、このシュブラウス城で我らと寝食をともにする仲間になるというのに」
「……」
スレイブズは答えなかった。彼はそのままマントを翻し、サンブルディに背を向けて歩き去った。
ディーン達の帰還を真っ先に出迎えたのは、キリエの兄であるキリウ・リンドだった。大勢の従者や騎士たちがバルコニーや門の前に整列し、一行の姿が見えると歓声をあげて手を振った。まるで祭りのような騒ぎである。
「殿下、おかえりなさいませ」
キリウ・リンドは跳橋の前でディーンとカイトを迎え、深々と頭を下げた。
「ただいま、キリウ」
にこやかに笑顔を向けたディーンに、キリウも嬉しそうに微笑み返した。彼らは互いを心の友と認めている。もちろん、キリウはカイトにも笑顔を向けた。カイトは唇の端を少し曲げる程度だったが、キリウには、それで十分カイトの気持ちが伝わっている。
「お兄様、ひさしぶり!」
輝甲竜の上から、キリエが飛び降りた。彼女はそのまま勢いよく走り、子どものようにキリウに抱きついた。
「わっ」
いきなりの妹の行動に、兄は面食らって顔を赤くした。
「ちょっと、キリエ。おまえ、もういい歳なんだからそういうのやめなさい」
キリエにとっては、兄が羞恥をあらわにするのは意外な反応だったようである。
「どうしてぇ? 三年もうちに顔見せないでおいて。ひどいわ。妹の顔みても嬉しくないわけ?」
「いや、そんなことは……」
嬉しくないはずはない。ヴァーン公お付の従者が主をほったらかして、橋の前まで迎えにくるなど異例の事態である。もちろん、戻りの予定を知らせる手紙を受けたときに主君の許可は当然得ている。彼らの姿を見張りが報告するまでキリウがそわそわしていたことは、シドだけが知る事実だ。
キリエは自宅から通える地方の魔術訓練校へ行ったのだが、キリウは王都ルベイの中央魔道士養成機関で寄宿していた。最初のうちはたびたび実家に帰っていたのに、そのうちぱったりと顔を見せなくなった。手紙も月に一度は寄越していたのが、三ヶ月に一度、半年に一度、やがて年に一度と減少していった。それをキリエは根に持っている。
「もう、お兄様ってほんと家族のことはどうでもいいのね」
かわいらしい頬をぷうっと膨らませて、キリエは兄を睨みつける。若さに似合わずベテラン魔道士の実力を持つキリウだが、いかんせん気が弱い。三歳下の妹に、すっかり調子を狂わされているようだ。
そんな二人の様子を、ギレンは眩しく感じながら眺めていた。自分の兄弟も生きていたら、あんなふうに明るい子ども時代を過ごすことができたのだろうか。
(無いものねだりは止そう)
諦めたような微笑を浮かべて、ギレンは首を振った。
そこへ、堀を渡る跳ね橋がようやく降ろされた。城門が開かれ、シド・ヴァーンとスクルド夫人が姿をみせた。ディーンとカイトは、それを見ると急に無表情になった。
グウェイは双子の様子に気づいて、素早くギレンに目配せをした。さっと緊張が走る。輝甲竜アスタルスの騎上からディーンがふわりと飛び降り、両親のもとへ駆けていった。板張りの橋を渡る軽快な足音が、あたり一帯に響く。続いてカイトもアギスの上から降りたが、彼はそのままそこに立っていた。
「父上、母上! ただいま帰りました。シルヴィはどうしたのですか?」
ディーンの澄んだ声がこだました。湖面の漣が、残響をゆっくり押し流す。
「熱を出しただけだ。いまケベレウスが診ている。心配するな」
シドの様子に変化はなかった。しかし、母親であるスクルドの表情には、心痛が如実にあらわれている。
ディーンはスクルド夫人の顔を一目見ると、顔色を変えてカイトのほうを振り向いた。弾かれたようにカイトは走り出した。




