第二章 宿命(3)
この予言は、様々に形を変えて各地の伝承に残っている。ある地方では「竜の剣」と呼ばれ、またある地方では「マ・アーリンの剣」と呼ばれ、あるいは「魔剣」と呼ばれている。しかしその存在を信じる者など、誰もいない。
予言とともに、竜の転生者の伝説がある。世界創世の神である天の竜が、人間に姿を変えて現れるというものである。彼は竜の剣を手にし、天空の城に住む悪魔を倒すのである。そんな話を本気で信じる者などいない。子どもに善悪を教え、あるいは寝かしつけるための、単なるおとぎ話だと思われていた。
だが、シド・ヴァーンは言った。
「そうだ。シルヴィ、その通りだ。このディーンとカイトこそ、マ・アーリンの遺した魔剣、『竜の剣』の継承者なのだ」
召使たちはどよめいた。シドの愛する妻スクルドは、真っ青な顔で姿勢を崩さなかった。無邪気なシルヴィは、そんな母にすがりついて笑いながら言った。
「すてき! ねぇ、ディーンとカイトが世界を救うのよ!」
「ちっとも素敵じゃないわ」
いつもと違う母の態度に、シルヴィは戸惑った。シドは暗い表情で、まだ幼い娘に教え諭した。
「シルヴィ、世界を救うというのは、この上なく重い宿命なのだ。特殊な体を持ち、特殊な能力を持って生まれたということは、二人が平穏無事な人生を送り、安全に暮らすことを妨げてしまう。ディーンとカイトには、今後、絶え間なく様々な危難が降りかかるだろう」
彼はその続きを、そのまま息子たちに語り始めた。
「だから、おまえたちは、これから片時も離れてはならぬ。何があっても必ず互いを助け合い、二人でともに生きるのだ」
ディーンとカイトは、こくりと頷いた。それを見て、シドもまた穏やかな表情で頷いた。
「その額に刻まれた印が何であるか。ディーン、わかるか」
「はい」
皆の注目を浴びながら、静かな声でディーンは答えた。
「これは、僕らの力を封じるものです」
「うむ」
召使たちは互いに顔を見合わせ、それから静まり返ってディーンを見守った。
「父上――これを、今から消すのですね?」
「そうだ」
黙ったまま、シドはディーンとカイトだけを手招きした。そして、壁の煉瓦をひとつゴトリと押し、隠し扉を開いた。召使たちは驚いた。長い間この城に暮らしていながら、そんなところに扉があったとは、ついぞ誰も知らなかったのである。
「おまえたち」
シドはランタンを手に振り向いて、妻や召使たちに言った。
「この扉の位置を、よく憶えておきなさい。もしも何かあったときには、ここから地下を通り、城の外へ逃げるのだ」
部屋に残された者たちは、身を寄せ合い、手を握り合って「閣下を信じましょう」とつぶやいた。
シド・ヴァーンは、石の階段を降りながら二人に言った。
「もう判っておるだろうが、この地にも悪しき力が忍び寄りつつある」
「はい」
カイトに肩を支えられながら、ディーンが答えた。シドは深く溜息を吐いた。
「わたしも、できる限りのことはする。なんとか、この城を敵の手には渡さぬように」
「……はい」
シドの言う「敵」は、シルヴェウス王のことではない。王の心の弱い部分につけこんで操っている、アゼルという魔道士のことでもない。その「敵」は、もっとずっと強大で、邪悪な存在なのである。




