第十章 セエレ大橋にて(3)
ふと、カイトは足を止めて彼女に声をかけた。
「ギル。これ、シルヴィ喜ぶ?」
「ええ、たぶん」
「ディーンが渡すと、もっと喜ぶか?」
一瞬、ギレンはカイトの言っている意味が理解できず、彼の眼をじっとみつめた。すると、胸の中に風が吹き込むような淋しさが、急に湧き上がってきた。カイトは、自分よりディーンのほうがシルヴィに好かれていると知っている。心が読めるというのは、なんと残酷なことなのだろう。
「殿下」
おさえても、声音が震えてしまう。ギレンは彼の前に膝をついて、カイトの小さな両肩に手を置いた。
二頭の輝甲竜、そして火蜥蜴のサリーとよく似た、真っ赤な異形の瞳。でもそこに灯る魂の光は、決して異様なものではない。普通の子どもたちと何ら変わらぬ汚れなき心なのだ。でも、この先もずっと「汚れなき」心であり続けられるかどうかは、わからない。
周囲の人間たちの不信に染まれば、いまは透明で柔らかな彼の心も、重く不透明に硬直してしまうだろう。それを守り、透明なまま押し留めているのはディーンの存在か。あるいは――ヴァーン公の優しさか。
「何も遠慮なさることはありません。カイト様ご自身の手でお渡しください。きっと喜んでくれます」
ギレンは袋を持ったカイトの右手を両手で包み、しっかりと言い含めた。言葉にせずとも思いは伝わっている。今の彼女には、それが心底ありがたいことだと感じられた。
*****
いよいよ、セエレ大橋を渡るときが来た。
ルース・シェルメル公爵は、ディーンとカイトにそれぞれ最高敬礼をしてから、グウェイとギレン、二人の騎士それぞれに握手を求めた。ギレンのときは必要以上に長い握手をするので、彼女は微笑を返しながら当惑し、キリエにまでクスクス笑われた。
「ヴァーン閣下によろしくお伝えください。道中はくれぐれもご注意を」
「ええ、わかりました」
「ルベイへお越しの際には、ぜひ、お声をかけて下さいよ」
「はい」
そこでル・グウェイがわざと大きく咳払いしたので、ようやくシェルメル侯はニヤッと笑って手を離した。どうもこれは、グウェイへの当てつけだったようだ。いかにも、遊び人として名の知れた彼らしい悪ふざけである。つまり、グウェイがあまりにも奥手なので、痺れを切らしているのだろう。
橋を渡り始めると、キリエは冬の大河の景観を眺めて、「きれい!」とはしゃいだ。ディーンは珍しく口数を減らして、終始キリエの話し相手として聞くほうに専念している。
ギレンの胸の前では、カイトが袋を半ば開いて、中の首飾りを熱心に観察し始めた。そのときギレンは、彼の爪が妙に変形していることに気がついた。
それは、輝甲竜の爪の形をごく小さくしたような、鋭い鈎の形をしていた。硬くなった爪は白濁し、表面が真珠のように鈍く光っている。普段カイトは手袋をしているので、ギレンはそのことをまったく知らなかった。いつもカイトは、目立たないよう最大限の注意を払って生活しているのだ。




