第十章 セエレ大橋にて(2)
ギルはカイトを両腕で抱きかかえるようにして手綱を握りながら、彼の人差し指が示す先を見た。
「あれは、出店というものです」
「でみせ」
「はい。今日のような天気のよい日に、物売りがああやって商品を並べるのです」
「な、何を売ってるの」
「あの店は装飾品の類ですね。まぁ、土産物です。あまり質の良いものではありません」
そのときギレンは、カイトの眼が幼い女の子の姿を追っていることに気づいた。金髪の巻き毛をかわいらしく編みこんで、背格好がシルヴィによく似ている。その子は、カイトが指差した店で、硝子玉のネックレスを物欲しげにじっとみつめていた。
すると、ディーンがギレンに向かって声をかけた。
「ねぇ、シルヴィにお土産を買って帰ろう!」
「えっ……こんなところで、ですか」
「うん。ぼくたちはここで待ってるから、ギルとカイトと、二人で行ってきて」
キリエは、輝甲竜アスタルスの上でグウェイとディーンに挟まれながら、こっくり、舟を漕いでいた。不慣れな騎乗に、長い移動ですっかり疲れてしまったのだろう。
道の向こうには、セエレ大橋の堂々とした三本の主柱が見えていた。厚い流氷の流れる広大な大河の上を渡る吊り橋は、高く築かれた堤防の壮観と見事に調和し、ルーンの三大名景と讃えられている。
グウェイから「もう、ここまででいい」と伝えたのだが、シェルメル公爵は「橋の前まで送ります」と言って聞かない。仕方がないので、一ファラス程度の休憩時間をとることにし、その間、カイトとギレンは手を繋いで商店街のアーケードをくぐった。
騎竜上から指差した店の前に来たとき、シルヴィに似た年頃の少女は、もういなかった。いくらケープを羽織っていても、鎧姿のギレンは庶民の間でどうしても目立つ。しかも珍しい黒鎧である。年老いて片目の白くなった出店の女主人は、歯の抜けた口をぽかんとあけて、訝しげにギレンを見上げた。
「何か、御用ですかいな」
無論、ここは貴族や騎士が買い物に訪れるようなところではない。カイトは、王妃にもらった子供用の豪華なコートの、高級な毛皮に頬を埋めている。目に明らかな身分差に対して、彼女は敵意を隠さなかった。
「こ、こ、これ」
カイトがギレンを見上げながら指差したのは、色とりどりの大きな硝子玉が紐で繋げられた、玩具のような首飾りだった。なるほど、とギレンは頷いた。幼い女の子が好みそうな、鮮やかな色合いだ。菓子のようにも見える。先ほどの少女がみつめていたのは、おそらくこの商品だったのだろう。
「三ルヌル」
相手が金を持っているとみて、老婆はずいぶんな高値をふっかけてきた。一ルヌルは八ファラール、一ファラールは米粒大の純銀が持つ値段である。見たところ、一ファラールにも満たないような安物の商品だ。
「高すぎる」と文句を言おうかと思った瞬間、カイトがケープの裾を引っ張りながら首を振った。「素直に払え」ということらしい。ギレンは、勿体ないと思いつつ三枚のルヌル札を財布から出し、黙って老婆に差し出した。急に彼女は愛想良くなって、「これはおまけだよ」と言いながら手縫いの袋に首飾りを詰め、カイトに手渡した。
そのとき、コートの袖口からカイトの手首がのぞいた。それを見て、ギレンはぎくっとした。皮膚の表面に、うすく鱗があらわれている。
カイトはすぐにそれを隠した。幸い老婆は目が悪く、その鱗には気づかなかったようだ。ギレンはカイトの姿を覆い隠すようにして、その場から立ち去った。
シルヴィへの土産ものを手に入れたカイトは、いつになく上機嫌で、弾むようにスキップした。ギレンは、彼の子どもらしい無邪気な様子に、救われるような思いがした。普段、決してこんなふうには感情を表に出さない子なのだ。




