第九章 帰還(8)
挨拶を済ませた彼らは、ルベイの王城でもっとも風光明媚な前庭・「空中庭園」の中心にある、大階段を降りていった。
前方には、悠久の大河シリウに向かって二本の流れが交わる、遥かな合流地が見渡せる。ルーンの水源である巨大湖群から流れるその豊かな河には、太古に生まれた清水がたっぷりと流れ込んでいる。氷河から溶け出した水が、巨大湖に溜まって砂漠地帯に向かい、大陸を両断する大河になるのだ。
この時期は水が寒気で凍りつくため、ここより北の河の表面は、厚い氷に覆われている。巨大な流氷が流れてくるので、その眺めは雄大にして壮絶、実に見事なものだ。「空中庭園」は、この眺望をうまく利用した借景庭園なのである。
「殿下! ディーン殿下!」
茶色の簡易装にコートを羽織っただけのマルス・メリルが、双子を追って大階段を駆け下りてきた。連日の魔法陣作成に疲れ切って寝坊したのか、慌てて飛び出してきたとみえる。彼らが振り向くと、マルスは立ち止まって大きく手を振りながら叫んだ。
「行ってらっしゃい、我が公子! ここは、第二の故郷ですぞ。いつでも帰ってきてくだされよ!」
「それは儂の台詞じゃ」
マルスの後ろから顔を出した兄のソリスが、競うように大声で叫び、同じく手を振った。
「殿下ぁー、お待ちしておりますぞー!」
ディーンとカイトは、笑顔で大きく手を振り返した。キリエも笑いながら手を振った。ソリス・メリル枢機卿の横で、シグヌスも笑顔で手を振っていた。
ギレンは階段の中ほどにまっすぐ立って、胸にこみ上げる熱い思いを味わっていた。それは、かつて感じたことのない気持ちだったが、少しだけ似たものをかつて味わったことがある。
十年前、ギレンが父から受け継いだ鎧を初めて身につけ、成人の演武を行ったとき――これから長い旅に出るような、晴れやかな気持ちで空を仰いだのを憶えている。
竜騎士ギル・ギレンは大きく深呼吸をして、まだ早い朝の冬空を見上げた。白い息が風にまぎれる中、微細な氷の結晶がきらめきながら降っている。霞のような薄雲の向こうには、霧に隠れた青空の気配があった。冷気でつめたくなった彼女の頬に、一粒の結晶が落ち、すぐに溶けて消え去った。城郭の後ろから朝陽が差し込み、あたりを金色に染める。
(この瞬間を、憶えておこう)
ギレンは、その胸に弾むような喜びを噛み締めていた。どこか目に見えない場所で、運命の歯車が廻り出したのを感じる。
踊るようにして階段を降りてゆくディーンとカイト。この二人の小さな背中を見守ることが、自分の生まれた意味のような気がしている。もとより地位や名誉に興味があった訳ではない。父の名に恥じないように、為すべき仕事をしたい。ただそれだけだったのだ。
(間違いではなかった)
知らず知らずのうちに、彼女は微笑んでいた。どこか遠くで飛竜の啼く声がした。




