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竜の剣  作者: 高倉麻耶
第一部 第九章
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第九章 帰還(5)

 付き合いが長いといっても、グウェイの個人的なことを、ギレンはほとんど知らない。勿論ギレンだけではなく、彼の周囲にいる人間は誰も知らないことだろう。もしも知っているとすれば、亡父ローランドの教え子たち。シド・ヴァーン公や、シェルメル侯ぐらいではないだろうか。


 興味が無い訳ではなかった。知る機会が無かったということでもない。ギレンの中では、緋鬼ル・グウェイは騎士の鑑のような男であり、そのような個人的なことを知るのは、どこか聖域を侵すようで気が引けてしまう。だから、敢えて質問もしなかった。


 けれども、ディーンにグウェイの心を告げられたとき、ギレンは少しも驚かなかった。前々からなんとなく感じていたことを、あらためて確認しただけという気持ちである。もうかなりの歳になる彼が、未だに妻を迎えず独身でいる理由。寡黙な彼が時折みせる、雄弁な視線。そして彼女自身、グウェイに対して同じ気持ちを抱いているという自覚があった。


 ただ、自分たちの間にあるこの慕情は、なぜか少し恐ろしいような気がして、ギレンはつい足踏みしてしまっていた。それは、遠慮やためらいといったものではなく、嫌な予感や虫の知らせなどに似ている。この奇妙な躊躇の感情までも、グウェイと鏡あわせに存在している……そう思えるのに。


***


 王妃の誘拐未遂事件から十五日めの夜。ようやく、最後の魔法陣が完成した。


「……よし、これでいい」


 筆を持ったディーンが、最後の一文字を仕上げると同時につぶやいた。その瞬間、魔法の発動が開始した。巨大な魔法陣はその中心から波紋を広げるようにして、青白い魔術光を放ち始めた。光は徐々に強まり、やがて魔法陣全体から天井に向かって、巨大な噴水のように、虹色の光を噴出した。それはまるで輝く柱のようで、ギレンはその美しさに思わず嘆息を洩らした。


「すごい。これが、『秩序』の結界なのですな」


 メリル館長は、右手に刷毛を持ち、頬に黒い絵の具をつけたまま嬉しそうに言った。子どもに戻ったかのような無邪気な表情。熱心に取り組んだ大きな仕事を終え、実に満足そうな笑顔である。


 ディーンとカイトは、何も言わずに微笑を返した。結界の成功を喜んでいるのだ。計画段階では、「うまく発動するかどうかは五分五分のところ」だと言っていた。


 外へ出てみると、曇った夜空に虹色のアーチが架かっていた。こんな巨大な魔術光を目にするのは、誰もが初めてのことだ。おそらく、世界中の誰一人として――こんな大規模な魔術の発動を目にしたことはないだろう。賢者カンティヌスを除いては。


「きれい」


 空を仰いだ一行の中で、皆の思いをキリエが代弁した。


「この光が……ルベイを守ってくれるのね」

「うん。ルベイだけじゃない、周囲の地域にも近づきにくくなるはずだよ。『彼ら』にとって『秩序』の魔法を浴びることは、火蜥蜴が水をかけられるようなものだから」

「とってもわかりやすい喩えだわ、殿下」


 キリエはついに、ディーンとカイトに対しても敬語を使わなくなっていた。マルス・メリル王立図書館長に対してすら、まるで同年代の友達のように話しかける。しかし、不思議なことにマルスもその不遜な態度を叱ることはせず、むしろ、彼女にそうやって気軽に話しかけられることを喜んでいるようなふしがある。娘のように感じているのかもしれない。


「館長、やったね!」

「シグ、もっと喜びなよ!」

「ギル、ありがとうね!」


 キリエはそう言いながら、一人一人と手を叩き合って成功を祝した。ただ一人、グウェイだけがなんの喜色も浮かべずに、魔術光の輝く空を睨み続けていた。さすがのキリエも、彼だけは話し掛けづらいようで「グウェイさん、どうもありがとう」と言い、片手をあげるにとどまった。




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