第九章 帰還(3)
郊外の公園に特設された、真新しい円形広場。外側からは、ここに何があるのか、どこに入り口があるのか、見ただけではわからないようになっている。七人は哨兵を伴ってその広場を訪れ、五人で巨大な魔法陣の作成に勤しんでいた。
魔法陣は、直径が二ルニアほど。ようやく下地が半分ばかりできあがったところである。下書きの線をチョークで引いた上に、銀粉と顔料を混ぜて作った黒い絵の具で、清書をする。いま彼らが描いているのは、四つ目の陣――西方陣。北東から始めて、東、南を描きあげ、西ときた。あと北西の陣さえ描いてしまえば、逆五芒星の完成、すなわち王都全体を覆う結界の完成となる。
ディーンは、描きかけの円のちょうど中心あたりに立っていた。そして、数歩離れた場所に立った少女キリエの瞳を、まっすぐな眼差しで射抜いている。
「もう、きみは自分でその答えに気づいてる」
「じゃあ、やっぱり殿下は……でも、どちらがそうなのですか?」
そこにいる人間の中で、キリエの質問の意味がわかるのは、ディーンとカイトだけだった。彼女はチョークが折れそうなくらい拳を握りしめながら、震える声で言った。
「天竜の転生者は、一人だけのはずですよ?」
彼女の様子を危ぶんだシグヌスが、慌てて横槍を入れた。
「待って、キリエ。僕にもわかるように話してよ」
「そうね。ごめん」
キリエは、心優しい青年・シグヌスとすっかり打ち解けて、友だちの口調で話すようになっている。本当は年上の彼に対して敬語を使わないのは失礼なのだが、シグヌスは勝気なキリエの性格を気に入っていて、同等の立場で話すのを少しも厭わない。
「わたしは、妖精の末裔である『砂の民』の言い伝えを母から教えられたの。すべての産みの親である『天の竜』が、千年に一度、地上に一人の転生者を持つのよ」
「……それが、公子殿下なの?」
「そう」
シグヌスは激しくまばたきをしながら、ディーンとカイトの顔をかわるがわる見つめて、そのあとマルス・メリルに縋るような視線を送った。急に矛先を向けられたマルスは、「儂は何も知らんぞ」と言いながら、慌てて手を横に振った。
「天竜の転生者である証は、天竜の記憶と、他に誰も使えない魔法が使えること。それから……」
そう言いながら、キリエは胸ポケットのボタンを外した。すると、小さなサリーが真っ赤な顔をのぞかせた。
「この子が、主と認めること」
キリエがポケットに何をしのばせていたのか、シグヌスはこれまでずっと知らなかった。
「うわっ、火蜥蜴だ!」
「なに?」
火蜥蜴と聞いて、マルスは眼鏡を押さえながらキリエに駆け寄り、サリーの姿をまじまじとみつめた。
「ほう、驚いた……本当に、本物の火蜥蜴じゃ。あんたの親御さんは『砂の民』か」
「はい」
キリエはサリーを掌の上に乗せ、そっと撫でた。サリーがちろりと舌を見せたので、火を吐くかと恐れたマルスは一歩退いた。どうやら、火蜥蜴では痛い目に遭ったことがあるらしい。
「こりゃ、危ない。こっちに向けるでない」
「すみません」
サリーは素早くキリエの腕を伝って、また胸ポケットに隠れた。キリエはポケットのボタンを元通りにかけた。
「公子殿下、この火蜥蜴サリーとわたしは、心が結ばれています。だから、わかるんです。サリーはあなたがた二人を主と認めている……つまり、二人とも『天竜の転生者』なのだと。いったい、どういうことなのでしょう?」
「ぼくらは二人で一人なんだ」
ディーンとカイトは同時に答えた。二人の声の高音と低音がぴったり重なり、不思議な響きで伝わった。まるで、それ自体が魔法そのもののような声。




