第九章 帰還(1)
第九章 帰還
ルーンの首都ルベイに結界をめぐらせる魔法陣の作成は、ディーンの指示通りに、滞りなく首尾よく運んだ。彼の立てた計画はほぼ完璧で、何から何までこと細かく指示を出し、その采配の見事さはメリル兄弟を唸らせ、シグヌスとキリエを感嘆させた。
ル・グウェイはただ無表情にディーンを見守っていたが、ときどきふと笑みを洩らしていることがあった。信じられないほど聡明でありながら、子どもらしい無邪気さを兼ね備えているこの双子を見ていれば、「緋鬼」と渾名される彼も心を解きほぐされるのだろう。
しかしディーンたちの行動は、さほど目立つことはなかった。もし、ソリス・メリル枢機卿がずっと行動をともにしていたら、政務に支障が出るところだったし、さすがに咎める者も増えたところであろう。しかし、弟のマルス・メリル王立図書館長は、幸い学府に籍を置いていないので、そこまで多忙ではない。そういう理由で、王城から出るときは常にマルスが付き添った。
魔法陣を描く場所の具体的な選定、および実際の描線は、マルス・メリルと二人の若い魔道士、そして公子ディーンとカイトが五人で行った。二人の騎士は、目立たないよう鎧の上に全身を覆うケープを着た。もとより背の高いギル・ギレンは、用足しに行くたび人目を気にしなければならなかった。無闇に民間人女性を驚かせることになってしまうからだ。そのため、毎度キリエ・リンドと声を掛け合い、連れ立って行くことにしている。
キリエはそのたびに、ギレンにうるさく話しかけた。内容は、そのほとんどがキリエ自身のことばかりである。ときどき、ギレンはその尽きることのないお喋りに疲れ、うんざりしてしまう。しかし、決して悪い気分ではなかった。これまで彼女には、親しい女友達など一人もいなかったのだ。キリエの明るさと親しみやすさは、どこか何かを喪失したままのギレンの青春時代を、少しずつ取り戻してくれるような気がした。
ただ、「どうして結婚しないんですか?」という問いかけには、「うーん……」と言葉を濁すしかなかった。
「どうして、って言われても……わたしは竜騎士だから……」
さすがのキリエも、ちょっとデリカシーのない質問をしてしまったと気づいて、すぐに話題を切り替えた。それでギレンは、自分自身の話をするのが苦手だということを、やっと自覚したのだった。
一方、この国の王と王妃を知る人々は、二人の変化に驚きを隠せなかった。不仲で有名だったこの夫婦が、笑顔でともに過ごすようになるとは、誰も予想しなかったのである。二人は、これまでの長い期間を穴埋めするかのように、急速に関係の修繕をはかっていた。ただし、夜はそれぞれ別の寝室で過ごした。
王子の誕生をつねづね切望していたシルヴェウス王の母・ソフィア太后は、ここぞとばかりに、夕餉の席であからさまな話題を出した。
「はやく孫の顔をみせてちょうだい、わたしもそう長くないのよ。この国の行く末が心配なのです。あなたがたが子を生みさえすれば、後継者争いが起きることもない。安心して冥途の旅路につけるというものだわ」
「母上、滅多なことを仰りませんように」
シルヴェウス王は、このごろ灰色がかってきた母の瞳を、じっと見据えて答えた。これまでには見られなかった明晰さが、彼の顔つきにあらわれている。
「私は心を決めました。これまでは迷いがあって子をなさなかったが、これからは違います」




