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竜の剣  作者: 高倉麻耶
第一部 第八章
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第八章 「秩序」の結界(9)

 中には彼女の化粧品がはいっている。荒らされたような形跡はない。ただ、見慣れない木箱がひとつ、置いてあった。


 彼女は首を傾げて、その古ぼけた木箱を手にとった。素朴な箱のように見えたが、よく観察すると表面に精巧な細工がしてある。これは高級なものだ。


 しかし、鍵が掛かっていて、蓋が開かない。なにげなく、セラスはその箱をひっくり返して裏面を見た。すると、そこにはシド・ヴァーン公のサインがあった。


 思わず、セラスはハッと息をのんで、箱を胸に押し当てた。


(シド様が――この箱を?)


 疾る動悸を抑えきれず、セラスはおろおろしながら箱の鍵を探した。引き出しの中を探ったが、それらしきものはない。かわりに、折りたたまれた小さなメモが出てきた。そこには、流麗な文字でこう書かれていた。



親愛なる王妃さまへ


 我が父シド・ヴァーンよりあなたに、手紙を預かりました。

 箱の鍵はロケットの中にあります。

                              ディーン・ヴァーン



 セラスは胸を押さえた。いつも彼女が身につけているペンダントは、ここでは彼女以外に誰も知らないことだが、実はロケットになっている。そして、その蓋を開くと、中にはシド・ヴァーンの横顔を描いたカメオ装飾が施されているのである。これは、まだシドが王子だった頃に、彼の成人を祝って作られた貝殻コインを加工したもので、このロケットの存在を知っているのは、製作者とリィル・シェルメル家にいた人間だけである。

 

 すぐに彼女は胸元のロケットを取り出し、注意深くその蓋を開いた。すると、持つところが小指の爪ほどしかない、ごく小さな真鍮の鍵が出てきた。セラスはそれを掌に載せて、しばらくぼおっと眺めていたが、足音に気づいて再びロケットの中に隠した。そして、木箱もすばやく引き出しの中に仕舞い込んだ。


 すると侍女ミランダが、王家の専属医師を連れて戻ってきた。医師は型どおりにセラスを診察したあと、「もう大丈夫でしょう、心配は要りますまい」と言って、すぐに帰ってしまった。


 不思議に思ったセラスは、いったい何があったのかとミランダに問い質した。ミランダは、公子ディーンの騎士になったグウェイが、邪悪な侵入者からセラスを救出したのだと答えた。そこで彼女は、公子ディーンとカイトがまだシュブラウス城に帰っていないことを知った。


 翌朝、セラスはシルヴェウス王がまだ寝ているうちに、予定を曲げてディーンとカイトに会いにいった。三人の魔道騎士が付き添うのを、彼女は大げさな護衛だと言って嫌がったが、「あんなことがあったばかりなのですから」とミランダに説得され、結局それに従った。


「ごきげんよう、ディーン公子、カイト公子」


 セラスは端正な顔に淡い微笑を浮かべて、柔らかく上品な声を掛けた。そのとき、ディーンとカイトはちょうど正装で出掛ける寸前だった。


「ごきげんよう、王妃さま。手紙を読んでくださってありがとう」


 ディーンの返事に、セラスは花が咲くような笑顔を向けた。その場にいた者たちは、王妃がそんな風に笑うのを初めて目にし、また、その表情の美しさに驚いた。まるで、これまでの彼女とは別人のようである。


「あなた……心が、読めるのね」


 セラスは、ゆっくりと二人に歩み寄りながら嬉しそうに言った。


「はい。王妃もたぶん、できますよ」

「そうなの?」

「練習すれば、きっと」

「どうやって練習するのかしら……教えてくださらない?」


 孔雀のような優雅さで首を傾げ、セラスはディーンに尋ねた。彼はそれに答えず、ただじっと王妃セラスの、宝石のような瞳を熱心にみつめた。すると、王妃は声をあげて笑い出した。


「うふ、ふふふっ! なんだ、そうなの。簡単なことだったのね」


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