第八章 「秩序」の結界(8)
ディーンはポケットからペンを取り出して、地図に小さな丸を手早く描きこんだ。
「この五箇所。その中心が王城になります。これで、ゲルブルはルベイに近づくことができなくなります」
そう言いながら、ディーンは描きこんだ五つの丸を結んで、それをぐるりと大きく円で囲んだ。それは、地図の上で、ちょうど五芒星の形になった。魔道士たちはすぐに理解した――これはすなわち、王都全体で魔法陣を描くのと同じことになるのだと。
シグヌスとキリエは、ディーンの計画について熱心に質問を始めた。ソリスとマルスは、互いに顔を見合わせて牽制しあっていたが、やがて、若い魔道士たちに混じって、少しずつ話に加わった。仲の悪いことで有名なメリル兄弟も、仲裁されながら会話を繰り返すうちに、だんだんと喧嘩の回数が減っている。
彼らの様子を眺めていたギレンは、ぽつんと佇んでいるカイトと目が合った。カイトは、少しだけ唇の端を曲げて微笑んだ。それは、どこかグウェイの笑い方と似ている。その表情を見ると、ギレンはなんとなく親近感をおぼえた。
いま初めて彼女は気づいたのだが、カイトとグウェイは性格的に似たところがある。滅多に喋らない寡黙なところ、ほとんど笑わない無表情、そして、よく観察しなければ気づかずに見過ごしてしまうような、優しさまでも。
ギレンは隣の椅子に腰掛けたグウェイの横顔を見た。グウェイは、腕を組んでディーンたちの様子をじっとみつめていた。しかし、すぐに彼女の視線に気づいて、低い声で「なんだ? ギレン」と呟いた。
「いいえ、なんでも」
厳しく叱られ過ぎた子どものように、ギレンは拗ねた声で返事をした。すると、グウェイが意外なことを言った。
「火蜥蜴のことなら気にするな。おれも知っている」
ぎょっとして、ギレンは動けなくなった。グウェイはキリエに誤魔化された訳ではなく、ただ火蜥蜴で驚いただけということに気づいて安心したのだ。ますます恥ずかしくなって、ギレンは頬を赤く染めながら俯いた。
***
セラスが目を醒ましたとき、午後の光が差し込む部屋には若い侍女がひとり、居眠りしていた。彼女は、胸がざわめくのを感じた。何か、いやな夢をみていたような気がする。
体を起こすと、ひどく喉が渇いていることに気がついた。セラスは軽く咳払いをした。喉の中が張り付いたようになって、うまく声が出ない。
侍女が、はっと目を覚まして「王妃さま!」と小さく叫び、駆け寄った。何か、ただならぬ様子である。セラスは当惑しながら硝子の水差しを指差した。
「ミランダ、水を一杯注いでくれる?」
「はい!」
ミランダというその若い侍女は、慌てて水差しに手を伸ばし、ひっくり返してあたふたしながら、ようやくグラス一杯の水をセラスに差し出した。普段なら、侍女がそんな粗相をしたら厳しく叱りつけるところなのだが、いまのセラスはそれどころではなく、ただぼんやりと彼女の様子を眺めていた。
「ありがとう」
セラスはグラスの水を一気に飲み干した。そして一息つくと、やや頭痛の残る額をおさえて、グラスを手に持ったまま呟いた。
「わたし……どれくらい眠っていたのかしら? なんだか、何も思い出せない」
それを聞いた侍女ミランダは痛々しい表情をして、心配そうにセラスの顔をみつめた。
「王妃さま、まる一日でございます」
「あら、そんなに?」
セラスは驚いて、あたりを見まわした。そういえば、どうしてこんな真昼間から寝室にいるのだろう? どこからか、記憶が途切れてしまっている。自分はいったいどこで何をしていたのか……。
「お医者様をお呼びしますね」
そう言って、ミランダは部屋から出て行った。そのとき、セラスは寝台の横にある化粧台の、一番上の引き出しが少し開きかけているのに気づいた。
セラスは寝台から立ち上がり、すぐに目眩を感じて布団の上に座り直した。立ちくらみがおさまると、彼女はそっと化粧台の引き出しを開けてみた。




