第二章 宿命(1)
第二章 宿命
シルヴィ姫の七歳の誕生日から、約半年後のこと。一騎の伝令が、ヴァーン領・「黒の森」の中心、シュブラウス城へと走った。
そのとき、王弟シド・ヴァーン公はカイトに剣技を教えているところだった。本来なら軍人教師がすべきところだが、シドはそれをまったく他人には任せなかった。というのは、カイトが人見知りするという理由もあるのだが、彼は異様に力が強かったのである。その力は、稀代の武人であるシドをたじろがせるほどのもので、慎重に相手をせねば、命の危険を感じることさえあった。
また、カイトはシドが舌を巻くほどの勢いで、様々な武術を習得した。武道は彼の性質によく合っているようだった。相変わらず、勉学のほうはまったく受け付けなかったが、献身的なディーンの指導の甲斐あって、勉強嫌いのカイトもようやく、自分の名前を書けるくらいにはなった。
ときどき、カイトはシドにたどたどしい質問をすることがあった。彼は口を開くと必ず激しい吃音を洩らしたが、シドは辛抱強く彼の言葉を聞き取った。
「こここここれ、ど、ど、どうやるの」
言葉が苦手なぶん、カイトは身振りで示さねばならなかった。だが彼が言葉を発するということは、よほど強い興味を抱いているということである。シドはそれを喜んだ。そして、カイトは教えられた動きが正確にできないのをきらい、必ず、できるようになるまで熱心に練習した。
いっぽう、ディーンの体はますます弱っていた。このごろは立っているだけで膝が震えるので、杖をついて歩くようにまでなっていた。当然、武術など教えられようはずもない。シドは、ことあるごとにカイトに言って聞かせた。
「もしも危険が迫ったときには、カイトよ。何があっても、おまえがディーンを守るのだ」
カイトは素直に頷いた。もとより、彼はいつでも兄の身を心配し、守るために寄り添っているのだ。
使者は、王宮内に残ったシドの信奉者のひとり、ルース・シェルメル公爵からの手紙を届けた。そこにはシルヴェウス王の退廃ぶりと、魔道士アゼルの横暴が事細かに記され、最後には、アゼルがついに最高位の魔道三部官の地位を得てしまったことが、伝えられていた。
シドは思わずその手紙を握りつぶし、従者が怯えるほどの怒りの表情を見せた。彼は冷静沈着な人物として定評があるのだが、近年まれにみる激昂ぶりであった。
数秒のあいだ目をつぶって、彼はもとの表情に戻った。そして従者を呼び寄せると、紙とペンを持ってこさせ、返す手紙をその場で書いた。その封を蝋止めするとき、彼は滅多に使わない隠し印を押した。それは、ヴァーン公の極秘の手紙であることを示すものだった。
その夜シドは夕餉のあとに家族を集め、「重要な話だ」と言って語り始めた。
「ディーン、そしてカイト。ついにその時が来た。おまえたちを、わたしの養子にした訳を話そう」
家族と乳母と側仕えの者たちが、全員揃っていた。部屋の中の誰もが、いつになく緊張したシドの面持ちに圧倒されていた。誰一人として口を開かなかった。
「おまえたち二人は、特別な双子である。いや、もしかしたら双子ではないのかもしれぬ。だが、血の繋がった者どうしであるのは確かだ。おまえたちは――まさに、一心同体なのだから」
ディーンは目を細めて養父を見た。シドの言葉には、何か深い意味がある。
「皆も気づいておろうが、ディーンとカイトは真逆の性質を持っている。それはもはや隠しようもない事実だ。そして、心も深く繋がっている。誰も真似できぬほどに」
シドは目のあたりをこすった。それから、深く溜め息を吐いてから言った。
「北の賢者カンティヌスは、紛れもなく本物だった。彼は、見たこともないような姿をしていた。淡い、青と銀の光に包まれていた。あれは、『導きの光』だった」




