第八章 「秩序」の結界(3)
『砂の民』というのは、妖精の末裔といわれている。砂の大国ティクに於いて、聖なる一族として尊ばれる少数民族である。彼らは『岩の民』や『風の民』と違って、特定の居住地を持たず、大砂漠の中を移動しながら生活している。
ティクの領地のほとんどを占めている大砂漠は、ほとんど生物のいない、寒暖の地獄である。しかも、大規模な竜巻や砂嵐が頻繁に発生するため、知識のない者が迷い込んでしまったら、もはや三日も生きられない。地上でもっとも過酷な環境といえるだろう。
そんな大砂漠で、彼ら『砂の民』はいかなる方法を用いてか、隊列を組んで旅をしながら、悠久の年月を生き永らえているのである。砂に悩まされるティクの人々にとっては、苦境を乗り越えるための様々な知恵や、不思議な宝の数々を与えてくれる、崇敬の対象なのだ。
『砂の民』がティクの人々にもたらした魔法もある。それは、水晶の結晶中に魔法の力を閉じ込め、少しずつ使うというものである。この魔法のおかげで、ティクの人々は水の少ない土地でも豊かな生活を築くことができた。
キリエが言うには、彼女の母は南方の砂漠でその夫を見出したのだという。彼――キリエの父となった男性――は、ルーンの優秀な兵士だった。そして、砂漠に迷い込んでも十日間を自力で生き延びた。しかし、母国に帰還する前に力尽きて倒れ、それを救ったのがキリエの母だったのだ。
「『砂の民』の掟は、とても厳しくて。コミューンを一度離れると、もう二度と戻れないんです。しかも、離れるときには眼と舌を焼かれます。彼らの秘密を明かさないように……母は盲目で、喋れませんでした。でも幸せだったと思います、たぶん」
「そんな……」
あまりの酷い話に、ギレンは食欲を失ってしまった。二人が長机に向かい合って話している間に、食堂からはすっかり人がいなくなっていた。サリーがキリエのポケットから上半身を出し、ギレンの手にあるパンの残りを、ものほしげに眺めている。
「火蜥蜴の扱いは、母が教えてくれたんですよ。母は、こう、掌の上に文字を書いて言葉を伝えます」
キリエは自分の掌の上に、指ですばやく文字を描いた。しかし、ギレンには何の文字を書いたのかわからなかった。それはルーン語ではなく、ティク語だったのである。
それを特に気にする様子もなく、キリエはサリーの喉を指先でくすぐりながら、楽しそうに言った。
「この子、ギレンさんのこと気に入ったみたい。ねぇギレンさん、あなたからは火の竜の匂いがするわ。だからだと思うんだけど」
「におい?」
キリエが言っているのは、おそらく輝甲竜のことだ。
「うん、火の竜の匂いには敏感なのよ、わたし。『砂の民』はね、みんなすっごく鼻がいいんだって。その血をひいているからだわ」
「……そうなの」
キリエは、どうやら『砂の民』の子孫であることに誇りを持っているらしい。嬉しそうに微笑みながら、食べていたパンの最後の一口を飲み込んで、ぱんぱんと掌の粉を払った。すると、彼女の胸ポケットからサリーがするりと飛び出して、テーブルの上に落ちた粉を、ものすごい速さで舌を使って拾い集め、次々と飲み込んだ。
「火蜥蜴ってパンを食べるのね。知らなかったわ」
「燃えるものなら何でも食べますよ。おなかの中で燃やしてるんです」
「へぇ……」




