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竜の剣  作者: 高倉麻耶
第一部 第七章
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第七章 竜の鏡(6)

 ギレンの脳裏に、何か強烈な幻視のビジョンが浮かんだ。それは五芒星の描かれた、黒、白、赤、青、四色の魔法陣。彼女には、それが「扉」なのだという気がした。すると大地がみえた。遠ざかっていく大陸。その大陸の四方に、魔法陣がある。


――送り込まれている。


 すぐに彼女は理解した。言葉で説明できない部分を、ディーンが直接心に送り込んでいるのだ。いや、これはカイトかもしれない。


――これが「秩序」の魔法?


(そうだよ、ギル)


 誰かが心の中でつぶやいた。


(この世界は、「秩序」の魔法で固定しているけれども本来は「混沌」が支配する世界なんだ――だから、閉じ込めた「混沌」は世界を元に戻そうとして、「境界」を破壊する――破壊されれば、大地が割れ、草木は枯れ、光も水も失われ、竜が狂い出す――)


 彼女に語りかけているのは、ディーンとカイト両方の意識だった。二人の意識が物語るままに、ギレンの心の中では、世界が破壊されていく様がはっきりと映し出される。


 それはあまりにも壮絶な光景だった。

 二頭の巨大な竜がお互いを殺そうと争っている。黒い竜と、白い竜……黒い竜は六枚の翼を具え、白い竜はそれよりもっと多い、十数枚の翼をもっている。地上から見れば空を覆い尽くすほどに巨大で、大陸の端から端まで届くような長い体。竜が太陽のような炎の塊を吐き出すと、山が燃え、湖が一瞬で蒸発する。


 その竜が暴れるたびに、凄まじい地響きがして巨大な津波が起き、大勢の人々が津波に呑まれていく。空に太陽は見当たらず、ただ赤黒い雲が低く垂れ込めているだけ。


――これが世界の破壊? これから起こることなの?

――違うよ。これは、実際に起きた過去の姿。


 思わずギレンは悲鳴をあげた。

 その途端、すべての幻視が消え去った。

 叫んだ? いや――声を出してはいない。彼女は、激しい動悸と荒れた息を静めようとした。体の内側を焼かれたような痛みが残っている。額に汗がんだ。じわじわと、少しずつ現実の感触が戻ってきた。


 すぐ隣を見ると、跪いたグウェイがものすごい形相で床を睨みつけていた。彼も、ギレンと同じ幻視を見せられていたのだ。


 汗とともに、ギレンの目尻には涙が浮かんだ。ディーンとカイトの魂が抱えているのは、とても人間の心では耐えられないような苦しみなのだろう。その一端を垣間見ただけで、胸が張り裂けそうになる。


「ありがとう、ギル」


 ディーンが小さな声でつぶやいた。いつもの、柔和で優しい微笑を浮かべている。子どもらしい顔に、無垢で無邪気な黒い瞳。だがギレンは、そこに限りなく崇高な光をみた。


 彼らにとってみれば、人間の一人一人など、ごく小さな、虫けらのような存在であるはずだ。けれどもこの二人の転生者が持つ天竜の魂は、その極小の存在を、自分自身と同等の大きさに感じ、必死に守ろうとしている。


(もしも、自分が天竜だったら?)


と、ギレンは想像した。きっとその「混沌」を躍起になって潰そうとし、何も省みないで力の限り戦い続けてしまうだろう。そして世界は、いとも簡単に崩壊する。


(『混沌』は、なくならない)


 ディーンの言葉を、ギルはもう一度噛み締めた。自分の中の迷いや悩み、苦しみが、決して消えはしないように……? いや、違う。もっと根源的なものだ。



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