第七章 竜の鏡(4)
ディーンはメリル卿の驚いた様子を静かに見上げながら、再び説明を始めた。
「はい。この鏡は逆に、まだ魔法をうまく使えない人間たちが、妖精やぼくらの助けなしで『混沌』と戦えるようにするために、アーリンが作ったものなんです。これは、妖精の言葉で『……』という魔法で」
「えっ、なんです?」
メリル卿には、ディーンの言葉が聞き取れなかった。ディーンはこめかみのあたりに手をやって、少し考えた。彼のあどけない表情に、ほんの少し大人びた翳がさした。
「えーと、人間の言葉でいうと『秩序』という感じのことです」
「秩序」
「はい、『混沌』をおさめるための魔法ですから、そういう意味の名前ですね」
「なるほど……なるほど」
ソリス・メリル枢機卿は、長年抱えてきた病が急に癒えたような、晴れやかな顔になった。
「そうか、そうだったのか! わたしは『封じよう』と思っていたからああなったのだ……そうか、竜の力はわたしの中にも、生きて流れていたのだ……」
メリルは鏡を手にとって、その表と裏を眺めながら「我が一族にこれが伝わっていたことには、深い意味があった」と感慨深げに頷いた。
「そうです、メリルさん。その通りです」
ディーンはにっこり微笑んで、ひどく嬉しそうなメリル卿の様子を眺めていた。メリル卿は円鏡を眺めすがめつ、独り言をつぶやいた。
「そうか、この円鏡は竜の力を呼び出す道具なのだな。誰でも『混沌』に打ち克つ力を使えるようにと、マ・アーリンが我々に遺してくだすったのだ。『秩序』、そうか、ここには『秩序』そのものが描かれているのだ。竜の力が秩序をもって回転している。だから世界は永遠に廻るのだ」
「それとね、メリルさん」
「はっ……はい、我が君主」
メリル枢機卿は、反射的に王に対する返事をかえした。ディーンとカイトが二人同時に、少しだけ可笑しそうに微笑んだ。はっと我に返ったメリルの顔も、彼らには大袈裟な表情に見えてしまって、思わず笑ってしまう。今の時代の人間にとってみれば「秩序」の力は偉大な発見なのだろうが、何度も転生を繰り返して「混沌」と戦ってきた二人には、ごく初歩的な当然のことなのだ。
「あっ、失礼。我が公子。つい、考えるのに夢中になってしまいまして」
「いいんです。その鏡とほかの道具について、少し話しておこうと思って」
言い終わる前に、ディーンはグウェイとギレンのほうを振り返って、二人を手招きした。二人の竜騎士はすぐに駆け寄り、彼らの側に跪いた。
「少し大事な話をしますね。まず、ぼくとカイトは、それぞれ違う属性の力を持っています。ぼくらは、どちらが欠けても『秩序』の力を使えないんです。このことは、ぼくらが『混沌』の力に対して戦う際に、最大の弱点となります」
メリル卿と二人の竜騎士は黙って頷いた。ギレンにとっては、彼らに弱点があるということ自体が驚きだったが、「やはり」という思いもあった。なぜ天竜が「混沌」と戦うために転生を繰り返さなければならないか――やはり、こういう弱点があるからなのだ。




