第七章 竜の鏡(2)
「この臆病者」
グウェイが小声で叱咤し、ギレンは悄気ながら「申し訳ございません」と答えた。武道一筋に生きてきた彼女は、よく使われる初級の魔法なら見慣れているものの、こんな上級魔法には、なかなか感覚がついていけない。しかしそれでは今後の仕事が思いやられる。
メリル枢機卿に導かれるまま、ディーンとカイトは魔法陣の中心へ歩いていった。そこにはやや大きめの壜が置いてあり、中には何か黒いものが入っている。
「『種』の欠片だ」
ディーンがその言葉を口にすると、メリルが頷いて両手を広げ、転送呪文を唱えた。その右掌の上には灰色の塊が、左掌の上には大きな円鏡があらわれた。
続いて、メリルは浮遊呪文を唱えた。呼び出された二つの物体は、ディーンとカイトの前にふわりと移動した。灰色の塊は、拳ほどの大きさである。
ギレンはグウェイと並んで壁際に立ち、その様子を見ていた。メリル枢機卿の見事な魔術には、感嘆するばかりだ。
「これが、魔道士アゼルの体内に入っていた『種』です。床にあるものは、生きております」
(生きている?)
思わずギレンはその黒い物体をみつめた。よく見ると、確かに――脈打つような動きがみえる。彼女はすぐに目を逸らした。あまり長く見ていたいものではない。
「そしてこれが、死んだ部分」
講義を行うようにして、メリルは白木の指示棒の先で灰色の塊を示した。次に、円鏡。
「この鏡は、実は我がメリル家に代々伝わる『悪魔よけの鏡』でしてな。かなり古いものです。おそらくは五百か六百……」
「うん、憶えてる。千年くらい前だよ。アーリンと妖精たちが作ったんだ」
ディーンの答えに、メリルは呆気にとられて口を開いたままになった。
「……まさか、そんなに古いとは」
「懐かしいな」
目を丸くしているメリル枢機卿に構わず、ディーンは微笑みながら円鏡を撫でた。
見事な銀細工が施されたその鏡の裏側は、中心に半球があり、そこから半ば飛び出すようにして、四頭の竜が絡み合う意匠の彫刻になっている。そして、古代魔道文字で方角を示す文字が大きく描かれ、その四つの文字にもそれぞれ竜が絡みついているのだ。
このような意匠は古い円鏡にはよく見られるものだが、ここまで大型のものは他になく、ここまで精巧に細工された物も、まず見かけない。妖精が作った品々は、人間の作るものよりはるかに高度なものばかりだ。彼らは人間より先に発展していた文明の主なのだから、当然といえば当然なのだろうが。




