第一章 ディーンとカイト(4)
魔道士アゼルは王の質問に対し、よく通る透明な声で答えた。
「賢者が本物だったとは限りません。悪しき何者かが、王をおとしめ、この国に混乱をきたす目的で、ヴァーン公を唆したのではないでしょうか」
その言葉に、シルヴェウス王は目を細めて頷き、他の高官たちは一斉にざわめいた。
「賢者が偽者であろうはずがない」
最高位の三魔道官の中のひとりが叫んだ。
「陛下、はっきり申し上げます。この魔道士アゼルの言葉を聞いてはなりません。水盤に邪法の存在として、彼の本当の姿が見えたのです」
三人の中で最も若いその魔道官は、水盤を持って進み出た。
「御覧なさいませ」
その場にいた全員が、それを覗き込んだ。しかし、何も映らなかった。
「映らぬぞ」
失敗などありえない。魔道官は息をのんだ。そして、アゼルに向かって叫んだ。
「どうやって邪魔をしているのだ」
「見ての通り、わたしは何もしておりませんが」
確かにアゼルは微笑を湛えながら、何もしている様子はなかった。魔道官は極秘の呪文を唱え、水盤の上に手をかざした。
そこには、黒々とした闇が映った。それから蝋燭の明かりと、白い柱のようなもの。最後に、醜い老女の顔がちらりと映ったが、その途端に水が沸騰し、蒸発してしまった。
「なんだいまのは」
王は首を傾げた。そのとき、若い魔道官の唇の端から、一筋の血が流れた。次の瞬間、彼の眼はぐるんと上を向き、血の泡を吹いて倒れた。
シルヴェウス王は何事もなかったかのようにアゼルのほうを向き、こう尋ねた。
「それで、わたしはどうすればいいのだ」
文字通り、ルーン王宮は傀儡政権と化していた。首都ルベイが活気を失ってゆくとともに、王は日に日に顔がむくみ、別人のような人相になっていった。政府の高官は誰もが頭を悩ませていたが、彼らの中には、
「シルヴェウス王を排し、シド・ヴァーン公を王に迎えればよい」
と言う者が増え始めていた。
実はそれも、無理のない話である。シルヴェウス王とシド・ヴァーン公は、それぞれ別の王妃の子として生まれた。前王シグルドには三人の后がいて、シドは二番目の后の子であり、シルヴェウスは三番目の后の子である。
年齢はシルヴェウスのほうが一つ上なのだが、后の地位は二番目のほうが高い。そのためどちらを王にするか、王宮内でも大きく意見が分かれたのだった。
それだけではない。頭脳・人格・武術、どこをとってもシド・ヴァーン公は、シルヴェウス王よりはるかに優れていた。シルヴェウスは、幼い頃から比較され、鬱屈した感情を抱いていたに違いない。
しかしシドはそんな兄をいつも尊重し、自分は常に一歩控えていた。現在の王妃も、当初はシドが娶るはずだった相思相愛の姫であったのを、シルヴェウスが横取りするような形で奪い取った。そのため、彼はその美しい王妃セラスに、今も嫌われたままである。
「双子も、ヴァーン公も……殺してしまいなさい」
アゼルは王の耳元に、甘美な声で囁いた。王はもはや、魔道士アゼルの言いなりであった。ついに王は百人の特攻騎竜兵「騎竜百人隊」に密命をもたせて、「黒の森」へと送り込もうという、アゼルの考えに同意したのだった。
(第二章へ続く)
調子に乗って本日5話掲載しました。
来週も多めにアップするかもしれません。
お楽しみに!




