第六章 誘惑(7)
悪意どころか、どちらかといえば好意を感じることもある。気をつけて観察せねば気づかないで見過ごしてしまうような、非常に細やかなことだ。たとえば階段を昇り降りするとき。暗い場所へ入るとき。彼の後ろについて歩くギレンを、カイトはさりげなく気遣っている。ほんとうに、よほど注意していなければ気づかない。
そして、ギレンがそれに気づくと同時に、カイトはギレンが気づいたのを察知しているはずである。もちろん、二人とも何も言わない。
いつもギレンはカイトを見ながら思う。なんて優しい子なのだろう、と。彼の怪力についてはディーンから説明を受けたが、カイトはその力で決して人を傷つけることのないよう、すべての人と適度の距離を置いている。それは見事な体の捌き方で、どこにいても、ディーン以外の誰とも接触しないのである。
自分など何の役に立つだろうか、とギレンは少し自虐的なことを思った。ディーンもカイトも、人智を超えた特別な力を持っている。あのときグウェイの行動をみて、何かが彼女の心に天啓のようなものを与えたのだが、彼女には自分の行動が正しかったのかどうか、まだ少し迷いが残っている。
「ギル」
ふと、カイトが小さな声で話しかけた。ギレンは驚いてカイトの後姿を見た。彼は振り向かず、そのまま歩き続けている。
「い、いつか、必要になる」
カイトは、小さくともはっきりした声でそう言った。彼に話しかけられたのは初めてだ。ギレンは胸が熱くなった。グウェイとともに、まだ幼いこの不思議な主君のために、全身全霊をかけて働こう――彼女は微笑みながら俯いて、強く心に誓った。




