第六章 誘惑(6)
「何か収穫はありましたか?」
図書館から出たところで、ギレンはディーンに話しかけた。ディーンは軽く首をまわして、大きく腕を伸ばしながら「うん」と答えた。
外はまだ明るい。午後の光が、内庭の豊かな樹々に優しく降り注いでいる。大理石で組み立てられたたくさんの小さな噴水に、虹が架かる。四人は客室へ戻るために、石造りの長い回廊を歩いている。
「それなりにね。メリル館長のおかげで助かったよ。たぶん……邪眼で間違いないと思う」
ギレンが頷くと、ディーンは嬉しそうな顔をして話を続けた。マルス・メリルの早口が伝染ったのか、いつもに増して舌がよくまわる。
「まず、媚薬を飲ませるのが非常に困難だということと、効かない可能性が高いということがあるからね。あと、媚薬は特定の一人に効果を持たせるのが難しい」
「効かない?」
無意識的に、ギレンは鋭い質問をした。
「ああ、えーとね」
ディーンは足をとめ、ギレンを呼び寄せてそっと耳打ちした。
「王妃は、妖精の血をひいてるんだ」
「よっ――?」
思わずギレンが「妖精」と声に出しかけ、ディーンは「しーっ」と人差し指を唇に当てた。
「内緒だよ。ここでは他に誰も知らない」
「……はい」
ギレンは何度もまばたきしながら、子どものような素直さで頷いた。
彼女が驚くのも無理はない。妖精というのは、千年前に滅びたと言われている、伝説の存在である。要するにおとぎ話の類と思われているものだ。ギレンは「岩の民」には実際に会っているが、彼らは「妖精の子孫」と自称しているものの、姿かたちは伝承の「妖精」には程遠い。
ただ、「風の民」についての噂なら聞いたことがある。はるか南方の、「銀竜の骨」と呼ばれる山脈を越えたあたりに、妖精の子孫である「風の民」が住んでいる高山があるという。噂では、「風の民」の人々はみな非常に美しく長命で、魔法の声を持っているらしい。
ギレンは王妃について「ルーンの妖精」と呼ばれていることは知っていても、まさか本当に妖精の血をひいているなどとは想像もしなかった。だが、言われてみれば彼女の美しさは「風の民」を彷彿とさせるものがある。
「当たり。それだよそれ」
ディーンはギレンに背中を向けたまま、歩きながらそう言った。
このごろ、ギレンはすっかり心を読まれることに慣れてきた。いったん慣れてみれば、これはこれで、なかなか心地の良いものだ。彼女はもとから、必要のあるとき以外はあまり口を開かないほうである。グウェイはそれ以上に無口な男だから、ギレンよりさらにその心地よさを感じているかもしれない。
ギレンは、全身をすっかり隠したカイトの後姿を見た。カイトは歩きながら少しだけ振り向いて、その紅い眼でギレンのほうを見た。いつ見ても思わずぎくっとさせられる瞳だが、ギレンはそれにだんだん違和感を感じなくなっている。彼がギレンに対して何の悪意も持っていないことが、わかるのだ。




