第六章 誘惑(1)
第六章 誘惑
ディーンとカイトの二人は、形だけは瓜二つの顔を並べて、同じ表情でシドをみつめていた。ディーンの瞳は黒く愛らしく、カイトは竜族の紅い瞳で不気味な異形の容貌である。それでも、彼らの本質はまったく同じものであると思えた。
シドは沈んだ気持ちで、握り合わせた自分の指を眺めていた。せわしなく親指を揉みこするのは、気がそぞろになっているときの癖である。
彼の心は、壁のない全開の状態になっていた。双子は、まったく同じ表情で両目に涙を浮かべていた。それを見たとき、シドはやっと心の深奥から浮上するようにして、現実の世界へと戻ってきた。
「……父上は」
ディーンがつぶやいた。シドはディーンの瞳から、ふたつの流星が零れ落ちるのをみた。
「セラス王妃がなぜ、そのとき湖畔に居なかったのか。ご存知ないのですね」
「……」
ぞくり、と背筋がつめたくなった。シドはつとめて冷静に、かるく咳払いをした。
「……なぜ?」
「手紙が」
それだけ言うと、唐突にディーンは声をあげて泣きじゃくった。カイトが彼を優しく抱き、その背中をさすって宥めながら続けた。
「て、て、てがみをすてたの」
「手紙を捨てた?」
「うん」
シドはカイトの真っ赤な瞳をみつめた。その双眸は沈みゆく太陽と同じ色をしている。あのときセラスを探して走ったときに見つめていた太陽。それは、こう呼ばれている――「天竜の右眼」と。
「捨てたって、誰が」
声音が震えた。シドは荒げそうになる息を、必死に抑えていた。
「シルヴェウス王です」
ディーンが涙を拭きながら答えた。
「王妃は父上に手紙を出していたんです。父上が湖畔に行った日、その日の正午にあの場所で待つと書いた手紙を。だけど、それは父上には届かなかった。燃やされてしまったから」
その瞬間。
シドの頭に、強烈な幻覚が届いた。
湖畔の景色。張り裂けそうな、悲しい心。淋しさに泣き叫ぶような心。
すぐにわかった。これはセラスの心だ。ディーンが読み取った彼女の心が、シドの心に直接送り込まれてくる。
そして彼女に近寄る数人の男。その真ん中には、若かりし兄・シルヴェウスの姿がある。彼は口の端を曲げて笑いながら言った。
「シドは来ない、待っても無駄だ」
と。シルヴェウスはこう続けた。
「あいつの命は、お前次第なのだぞ」
――ドン!
シドの拳が座卓を叩いた。砂糖菓子を入れた壷がわずかに浮き、ガチャンと音を立てた。
双子はシドのかわりに泣きじゃくっていた。シドは目頭に熱いものを感じながら、それに耐えていた。彼は三度、深く溜め息を吐いて平常心に戻った。
「……ありがとう」
低く抑えた声で、シドは双子に向かってつぶやいた。
「教えてくれたことに礼を言う……それから、ひとつ頼みたいことがある」
ディーンとカイトは、鼻をすすりながら同時に頷いた。シドは立ち上がって、自分の書記机の引き出しから、鍵つきの小さな木箱を取り出した。そして、別の引き出しから真鍮の鍵を探り出し、ごく小さな鍵穴に差し込んでまわした。




