第五章 ルーンの妖精(13)
シグルド王は、病が伝染しないように眼以外すべてを白布で覆われ、宮殿の地下にある小さな石室に閉じ込められていた。従者に、
「この仕打ちを命令したものは誰か」
と尋ねると、シルヴェウス王だという。シドの知らないうちに、王位は既にシルヴェウスのものになっていた。王弟となったシドには、「ヴァーン」という名の公位が与えられていた。彼は、それすらも聞かされていなかった。
「うぅ」
苦しそうな呻き声を上げて、シグルド王は右手を少し上げた。防護服で全身を覆った医師が王に近寄り、シドを呼んでいると言った。シドは、医師たちと同じ防護服を着せられた。
「父上。死なないでください」
シグルドの手を握り、顔布の下からシドが叫んだ。前王シグルドは、充血した眼をぎょろりと動かしてシドを見た。目があった瞬間、シグルドの顔に生気が戻った。
「ばか者。なんだ、その体たらくは」
はっきりとした声で、シグルドはそう言った。医師たちは驚いた。ここ数日、彼は唸ることしかできていなかったのである。
「父上」
涙に濡れて、シドの顔を覆う布の色がどんどん変わってゆく。シグルドは二、三度咳き込んだあと、強い口調で言った。
「シルヴェウスに任せてはいかん。この国は、お前がいなければ立ち行かぬ。シドよ、お前の母シリアは賢い女だった。親の顔に泥を塗るでない。何を血迷っているのだ」
胸を突き刺される思いがした。いま目の前にいるのは、一国の主として必死に政務を執り行ってきた、誇り高き男だった。その海のような深い瞳には、国民への仁愛の情が満ちていた。
彼は初めて父を心の底から尊敬し、そして今の自分を恥じた。自分がどれだけ愚かだったのかを思い知った。つい今しがたまで、シドは自分からセラスを奪った父の仕打ちを、ひそかに恨んでいたのである。
そのあとシグルド王は激しく咳き込み、あとは苦しげに唸るだけだった。彼の眼には、先ほどの燃えるような生気は見られなくなった。シドは深く頭を下げて病室を出た。その胸中に、もはや憂いなど残っていない。
翌日、シグルド王は病死した。葬儀は、拍子抜けするほどあっさりしたものだった。新王シルヴェウスが節約の方針を唱えたためである。
シドは閉じこもるのをやめ、再び武道の訓練を始めた。ギレン侯は既にルベイから退き、彼の武道館の跡地がそのままグウェイに譲られていた。シドはグウェイの館へ熱心に通い始めた。
その話を聞いたとき、シルヴェウス王は少し嫌そうな顔をしたが、王妃となったセラスは滅多にみせない微笑を浮かべた。彼女には、シドが元気を取り戻そうとしているのがわかったのだ。




