第五章 ルーンの妖精(12)
もう一頭の輝甲竜に乗るル・グウェイは、常に一歩後方で、シドとコーエン将軍を護りながら戦っていた。事実上、指揮のほとんどはギレンが摂っている。老いて名ばかりのコーエン将軍が命令を下すことは、一度もない。ギレン侯にも、はなから当てにされていないのだ。将軍は陣幕の中にずっと隠れているだけだった。シドがそれを「せめて外へ」と促すと、彼は首を横に振って言った。
「儂に出来ることなど、何もない」
「それでも将軍ですか!」
シドは四十歳も年上の彼を、真正面から怒鳴りつけた。
「もういい、父上に伝令を送ってあなたを解任してもらいます」
「わ、わかった! それだけは勘弁してくれ」
コーエン将軍は皺だらけの顔を歪めて、シドの胸にすがった。
「この地位を奪われたら……儂はもう、どうしようもないのだ。わかってくだされ」
将軍は渋々陣幕を出て走竜に乗ったが、その後もずっと目立たぬようシドの影に隠れていた。
しかし、いざ戦争が終わってみると、将軍はいそいそと功績を独り占めしてしまった。彼はギレン侯を英雄として喧伝したが、自分の指揮があってこそ彼が活躍できたのだと言い触らした。そしてシドとグウェイを懐柔しようと、次々に高価な贈り物を寄越してきた。無論、それらすべて大戦の勝利をねぎらい、国王が彼に与えたものである。シドは、呆れ果てて何も言う気になれなかった。
ルーンの国中が大勝利に酔いしれる中、シドはひとり沈鬱な顔で人を遠ざけ、自室に閉じこもった。マイア姫との結婚の話も「今はそんな気になれない」と断ってしまった。かわいそうだが、シドにはその時、彼女を思いやる余裕などなかった。もはや、すべてが嫌悪の対象でしかない。利己的な人々も、自分自身も、この国も、無意味で無益な殺し合いも。彼は文字通り心を塞いで、ただ時が過ぎるのを待った。
ほとんどの訪問者をシドは断り、誰にも会おうとしなかった。手紙すら読まなかった。彼は毎日、部屋に閉じこもって窓の外の景色を眺めていた。まるで、みずから牢獄に入ってしまったかのように。
シドは失意のうちに、そうしてほぼ一年を無為に過ごした。逞しかった彼の体躯は別人のように痩せ衰え、見る影もなくなってしまった。彼は窓辺に来る小鳥にだけ心をゆるした。鳥たちに朝食の残りを与えたあとは、ただ静かに本を読むだけの毎日。彼は現実に背を向け、老人のように閑居していた。
そんな中、シグルド王が急病に倒れた。流行り病である。いつの間にか、死の影が国じゅうを覆い尽くしていたのだ。この病はティクの陰謀であるという噂もあった。皮膚に赤い斑点があらわれ、高熱を出し、十日もしないうちに死んでしまうという恐ろしい未知の病気で、「赤熱病」と名付けられた。歴史に残るルーンの大災害である。
それまで腫れ物に触るような扱いをされていたため、シドは何も知らなかった。死を目前にした父の姿をみて、シドは声をあげて泣いた。




