第五章 ルーンの妖精(11)
シドは明かりから顔を背け、自分の走竜に乗った。しばし、彼は騎乗したまま合図を出さず、茫然としていた。
「クルルルル」
走竜が小さな声で喉を鳴らした。主を心配している。シシと名付けたこの走竜は、もう五年の付き合いになるのだが、実によく懐いてくれている。
「……大丈夫だよ」
シドは独り言のようにつぶやいた。そして、走竜シシの頸に顔を伏せ、少しだけ泣いた。
***
それから約一か月後に、華々しく婚礼の儀が執り行われた。それは国を挙げての大祭事となった。王妃となることが決まった花嫁は豪華に着飾って花車に乗り、ルベイの大通りで祝いの行進が行われた。通り道はすべて白い花で埋め尽くされ、人々が花びらを雨のように撒いた。
ルベイに集まった国民たちに手を振る、にこやかな次期国王シルヴェウス王子の隣で、白い花冠を頭に載せたセラスが、氷のような無表情で座っていた。
シドはその婚儀には出なかった。彼がいたのは南方の戦地。ティクとの国境にある、「水なしの大河」シリウ河畔である。
この河は、ティクの雨季である「水の月」(冬)には水で溢れるのだが、乾季にあたるほかの月には、水がほとんどない。特に、「火の月」(夏)には一滴の水もなく、乾き切った砂地になる。ティク国の兵士は、その乾季を狙って一気に攻め入ってきたのだ。
シリウ河畔の戦いは、凄惨をきわめた。シドは初めて実戦の恐ろしさを知った。同時に、大国同士の戦争という大量虐殺行為の、悲惨と虚しさを。彼は初めて、輝甲竜に跨った師ローランド・ギレンの黒い鎧姿を視た。
ギレン侯の操る輝甲竜の凄まじさ!
紅蓮の炎を放射し、あるいは撒き散らしながら、するどい鰭をそなえた尾を振り回し、一度に無数の敵を屠る。その牙、その角、その爪で、次々とギレンの望む通りに敵兵を殺してゆく。それだけではない。輝甲竜には人間の使う魔法が、一切通用しないのである。
通じないのは魔法だけではない。敵側の飛竜騎兵から射られる矢、槍兵の繰り出す槍など、羽虫のごときものである。分厚い装甲のような鱗に、いとも簡単に弾かれてしまう。
「岩の民」が崇める無敵の古代竜。敵国ティクにとっては、さながら悪魔のごとき脅威であったろう。しかしルーンには、とてつもなく頼もしい守護神であった。これが敵でなくてよかったと思いつつ、シドは、目の前で行われている行為の残酷さに、何度も吐き気をもよおした。




