第五章 ルーンの妖精(10)
「王子!」
ちょうどそのとき、リィル・シェルメル伯爵夫人が、供を連れて戻ってくるところだった。
「まあ、まあ! シド王子、セラスとご一緒ではなかったのですね」
「シェルメル夫人、わたしも彼女を探しているのです」
「そんな……」
夫人はシドの胸ほどの高さしかない頭を横に振り、焦った様子で彼を見上げた。
「うちの人をご存知ありませんか? わたしに内緒で出かけたまま、まだ帰ってきていなくて……こんなときに、どこへ行ったのかしら」
「ギレン侯のところです。わたしはそこから来たのです、ご心配なく。姫君は?」
「どこにもいません。家中の者で手分けして探しています。あの子に、もし……もし、何かあったら」
リィル・シェルメル夫人は両掌で顔を覆い、わっと泣き崩れた。供の召使二人が、両側から彼女の肩を支えた。そのうち一人がシドを仰ぎ見ながら言った。
「王子、お心当たりはございませんか? わたしたちには、姫様のお心はわからないのです」
そう言われて、シドは息を呑んだ。ひとつの考えが電撃のように閃いたのだ。
初めて会ったあの湖畔――彼女が行くとすれば、そこだ。そこしかない!
思うと同時に、彼は再び走竜に飛び乗った。
「どこへ!」
背後から追いかけた声に、シドは返事をしなかった。
***
だが、日没と同時に到着したその湖畔に、人影はなかった。
月の光が水面に揺れ、虚しい静けさが不気味に漂っている。風だけが彼に囁きかけていた。「もう遅い、もう遅いのよ」と。
シドは、走竜を降りて湖のまわりをとぼとぼ歩いた。夜空は深い失望の色に沈んでいる。星はひとつも見えない。彼の胸を、つめたい風がびょうびょうと吹きぬける。
ふと、視界の端に何か白いものを捉えた。
近づいてみると、それは小さな手巾だった。シドはそれを、指先でそっとつまんで拾い上げた。花の香りが染み込んでいる。それが何の花なのかシドにはわからなかったが、誰のものであるかはすぐにわかった。この手巾はセラスが落としたのだ。おそらくは、わざと……自分に知らせるために。
シドはそれを振って埃を払うと、丁寧にたたんで、胸もとに入れた。
そのとき彼の正面に、近づいてくる松明の火が見えた。走竜に乗った人物が、こちらを目指してまっすぐに駆けてくる。
「王子!」
ルースの声だった。シドは手を振った。
シドの前に来て、ルースは騎上から降りた。そして松明を持ったまま、早口に告げた。
「セラス姫が屋敷に戻られました。その――シルヴェウス様と、ご一緒に」
その瞬間、シドの中で何か見えないものが崩れ落ちた。
彼はセラスを永久に失ったことを理解した。間に合わなかったのだ。




