第五章 ルーンの妖精(7)
「王子、セラスを取り戻してください」
ルースは必死になって、シドに懇願した。
「あの娘が好きなら、そうしてください。方法ならぼくが考えます、あなたがうんと言ってくれさえすれば。セラスは、あなたのことが好きなのです。もうずっと前から心に決めているのです。わかるでしょう? 彼女は王妃になどなりたくないんだ」
セラスの想いを知って、シドは心が乱れるのをおさえられなかった。自分がしたことは何の解決にもならない、ただの逃避だったのだと理解した。しかし、だからといってルースの言う通り彼女を取り戻せるかといったら――
「だめだ」
絶望を顔いっぱいに浮かべながら、シドは蒼白になった額を両手で押さえた。
「兄上とは、このところ様々な局面で対立の火種がある。おまえも知っての通り、わたしを次期王に推す声があるのだ。一触即発とはこのことだぞ。いつなんどき、国全体を巻き込む争いになるか知れたものではない」
ルースは涙をいっぱいに溜めて黙り込んだ。浅はかなことを言ったという後悔はあるが、それよりも、二人が受けた理不尽に対しての怒りと悔しさが強いのだろう。
「……わたしだって、そうしたいが」
シドは決して愚かではなかった。自分の気持ちより国民のことを第一に考える人間だった。だがそのとき彼は、自分を「愚かだ」と思った。その判断が、自分だけでなくセラスに苦痛を強いるものであることを、彼は考えていなかった。「自分ひとりが苦しむならよい」と思っていたのだ。
驚いたことに、セラスは予想以上に一本気で融通の利かない性格だった。なんと、彼女はシルヴェウス王子との婚約をきっぱり断ったのである。マイア姫は当初のうち嘆き悲しみはしたものの、シドの評判を聞くとすぐに気持ちを切り替えた。もとから従順で、柔軟性の高い気質の乙女なのだろう。
当然、セラスの一途さは彼女の両親を苦しめることになった。リィル・シェルメル家の当主は、シド王子にひとりで会いに来た。無論、王宮にではない。彼が毎日通うローランド・ギレン邸の武道場に、わざわざ顔を出したのである。シドとギレン侯は、セラスの父であるリィル・シェルメル伯爵と三人で話すことにした。
「娘か、シルヴェウス王子のどちらかを説得してください。わたしたちの言葉には耳を貸そうともしないのです。このままでは、あの子は命を絶つかもしれません」
そう訴えて、セラスの父はギレン侯をはさんで向かいに座ったシドに、深く頭を下げた。
「会いに行けば、兄はわたしを疑うでしょう」
シドは目を伏せた。
「兄と話をするしかありません。もしかしたら、考えを変えてくれるかもしれないし……わかりました。もともと、手紙の遣り取りなんてこと自体が愚かだったのですから」
「いいえ、そんなことはありません」
リィル・シェルメル伯爵は驚いた顔で言った。




