第五章 ルーンの妖精(3)
シドが十五歳になり、次期王候補の地位を持って男子の成人を迎えたとき、セラスは十歳で女子の成人を迎えた。お互いの顔を見る機会は、ほとんどなくなってしまった。しかし、ルースは二人の間を手紙によって取り持った。まったく彼はそういうことに、よく気のつく少年だったのだ。
シドの手紙はルースに渡され、ルースからシェルメル家の小間使いに渡され、秘密裏にセラスへと渡された。最初の逢瀬のことで散々痛い思いをしたシドは、ルースに「くれぐれも他言はするな」と何度も言い含めた。シドの純粋な心をひどく傷つけたことを知ったルースは、深く反省し「約束は違えない」とかたく誓った。
ルース・シェルメルの努力の甲斐あって、シドとセラスの手紙の秘密は、長きにわたって守られた。それはやがてセラスの両親の知るところとなったが、そのときシドは二十歳、セラスは十五歳になっていた。そして手紙の内容も日常のごく他愛ないもので、咎めるほどのことは何もなかった。シェルメル家では、若い二人の清い交際を快く受け入れたのだった。
彼らがようやく二度目に会うことができたのは、その一年後のこと。季節は夏、「火の月」の十日である。
それは王室の主催する、夜の舞台歌劇鑑賞会だった。シドは兄シルヴェウスの次席で、父親のシグルド王の左側に並んだ。二階観客席の最前列である。一階の様子が、とてもよく見える。
「おい、シド」
開始前の待機で暇をもてあましていたシルヴェウスが、シドに囁きかけた。
「見てみろ。そこに、おれの許婚がいる」
兄の指さす先を見ると、何人かの金髪の乙女が派手に着飾って、おしゃべりをしながら並んでいた。頭上のこちらにはまったく気づいていない。
「どの娘ですか」
特に興味がある訳ではないが、シドは兄に話を合わせた。
「赤いドレスで髪に大きな花を挿した、あれだ。ほら」
確かに、そういう姿の女性がいた。おっとりした感じの、肌の白い娘だった。
「可愛いですね」
「だろ。そんなに美人ではないが、悪くないな。そうだ、おまえの許婚も来ているはずだぞ」
シルヴェウスは好奇心に目を輝かせて、階下の客席をきょろきょろ見回した。真っ赤な毛氈の絨毯が敷き詰められた客席は、めかしこんだ貴族たちで埋め尽くされている。
「どの娘だ? 教えろ」
シドは顔を赤くして、口を噤んだ。それに気づいたシルヴェウスは、笑いながら肘で小突いた。
「何を恥ずかしがってる。いいじゃないか、別に」
「……」
そのとき、階下に手を振る者があった。ルース・シェルメルが来ている。彼も貴族の公子だから、当然といえば当然のことである。
シドは笑いながら手を振り返した。しかし、一瞬で血の気が失せた。ルースが笑顔で指差した先に、セラスの姿があったのだ。
「おっ、もしかしてあれか。銀髪の」
セラスは高く髪を結い上げ、清廉な青いドレスに身を包んでいた。その襟足から、ほっそりとしたうなじがのぞいている。幸いなことに、この角度からは顔が見えない。
「見えんではないか」
兄のぼやきに、シドは答えなかった。彼はセラスの姿に目を奪われながら、必死に祈っていた。
(どうか、振り返らないでくれ)




