第一章 ディーンとカイト(2)
初回なので3話続けて掲載します。
お楽しみいただければ幸いです。
ディーンとカイトが八歳になってすぐ、妹のシルヴィは七歳になった。双子の誕生日は不明のままだったが、シド・ヴァーンは賢者の手から二人を預かった日を、彼らの一年目の誕生日とした。その一ヵ月後に娘が生まれたのである。
ルーン王国の習慣では、誕生日の子どもには目隠しをして贈り物を触らせる。その他愛ない遊びは、おおかたどこの家庭でも、子どもたちの例年の楽しみになっている。高等魔術官や王侯貴族の子でも、庶民と同じようにその遊びを愉しんだ。
愛する妹シルヴィの誕生日に、ディーンが贈ったものは大きなぬいぐるみだった。しかし、それはシルヴィが、絵本でとても怖がっていた魔物の姿をしていた。目隠しをとったシルヴィは、ちょっとふざけた兄の仕打ちに本気で腹を立て、腹を抱えて笑っていたディーンの頬に、思い切り平手打ちをくらわせたのである。
ところが、当たり所が悪かったのか、ディーンはそれだけで鼻血を出してしまった。その瞬間、彼の隣にいたカイトが叫んだ。
「ディーン!」
初めて聴くカイトの声に、その場にいた者たちは目をまるくした。その声は、ディーンの美声とは似ても似つかぬ、いやにしわがれた低い声だったのだ。まるで、子どもの声ではないような。
ディーンは手巾で鼻をおさえ、
「だいじょうぶ」
と言って興奮ぎみのカイトをなだめた。そのときカイトは、横目でちらっとシルヴィを見た。ぱっちりした大きな眼のディーンと違って、カイトは眼が奥まって細長く、やや三白眼の、やぶにらみのような目つきをする。
「なによ」
シルヴィは怯えながら、敵意をあらわにした。
「ディーンが悪いのよ。わたし、ゲルブル(悪魔)なんて大嫌いなんだから」
カイトはシルヴィをみつめたまま、何も言わなかった。しばし二人は睨み合った。それから、突然シルヴィが叫んだ。
「嘘つき!」
カイトには意味がわからなかった。嘘もなにも、彼はまったく口を開いていなかったのだから。シルヴィは可愛らしい顔を真っ赤にして、涙と鼻水をこぼしてはしゃくりあげながら、続けて叫んだ。
「カイトの嘘つき! 声、出るじゃない!」
「出るよ」
答えたのはディーンだった。彼は上を向いて鼻血が止まるのを待ちながら、こともなげに言ってのけた。
「カイトは言葉が嫌いなんだ。とても通じにくいから」
「どういうことだ」
長椅子に腰掛けて様子を見ていたシド・ヴァーンが、横から口を挟んだ。ディーンはちらりとシドを見て、こう答えた。
「カイトは心で話します。でも、ここでは、僕以外にそのやりかたを誰も知らない。だから誰とも話さないだけです」
「心で話すって、どうやるの」
スクルド夫人も話に加わった。ディーンは目をつぶり、諦めたような口調で話し始めた。
「……説明できません。ただ、心を開いたり使ったりするやりかたがあって……竜にはその能力があるけれど、人にはないんです」
夫人は首を傾げた。
「でも、あなたたちはできるんでしょう?」
「はい」
「人間でしょう?」
その言葉を聞いた途端、シドはかつてないほど厳しい表情で、夫人に制止を申し付けた。乳母と側近と子どもたちは、滅多にみない激しさに驚いて、シドの顔をみつめた。泣いていたシルヴィも、ぴたりと泣き止んだ。
「スクルド。この子たちは、特別なのだ」
何も知らないスクルド夫人は、夫にその言葉の説明を求めた。
「特別って、どういうこと?」
しかしシドは、それ以上は何も言おうとしなかった。彼の頑固さをよく知っている夫人は、すぐに口を閉ざした。するとシルヴィが父に尋ねた。
「シルヴィは特別じゃないの?」
厳格な「黒の森の大公殿下」も、愛娘にはとことん弱い。鹿爪らしい表情が急に緩んで、なんとも情けない顔になった。
「いや、その……」
「シルヴィ」
ディーンが妹に向かって手招きした。シルヴィはすぐに駆け寄って、
「ごめんね、ディーン」
と素直に謝った。
「いいんだ、僕が悪かった」
ディーンはシルヴィの頭を撫で、優しく抱きしめた。それでこの事件はいったん終結した。だが――その後、城内の者たちが二人を見る目は、少し変わった。
狭い城内で、城主のシド・ヴァーンが温厚な人柄なので、召使たちは比較的自由にのびのびと仕事をしている。話が広まるのは、思いのほか早かった。おそらくは、側仕えの女たちから飛び火したのだろう。
「あの二人は人の心を読む」
「ディーン様が賢すぎるのは、心を読む力があるからだ」
「カイト様が口をきかないのは、きっと人の心の汚さを嫌って、軽蔑しているんだろう」
憶測で、勝手な噂が飛び交った。昨日の出鱈目な推測は、今日には事実となり、明日にはまた別の推測と結びついて、どんどん無責任な内容の噂話になり、それが事実として流布された。ごく小さなものだった「事件」は、こうして徐々に膨らんでいった。そして、その噂は城外へ飛び火したのち、ついには王の耳にまで入った。




