第四章 緋鬼ル・グウェイ(10)
部屋に、重い沈黙が流れた。
「そんな、そんなはずはない。あのセラス様が……あり得ない!」
蒼白な顔をして、シェルメルは片手でみずからの頭髪を掴んだ。テーブルの上に置いた拳は、肌の色が変わるほど強く握り締められ、わなわなと震えている。
「落ち着いてください、シェルメルさん」
ディーンは溜め息を吐いてから、早口で言った。
「これは未来の可能性のひとつです。まだ、必ずこうなると決まった訳ではありません」
「次の標的、ですな」
メリルがシェルメルの肩を叩いた。大きく深呼吸してから、シェルメルはぐっと奥歯を噛み締め、姿勢を正して顔を上げた。それを見届けて、ディーンは再び口を開いた。
「アゼルという魔道士が国王陛下を操っていたということを、ぼくは父上の心から知りました。何も聞かなくてもわかってしまうんだから、しかたがありません。そのあと、ぼくは夢をみたので父上に進言しました。アゼルの倒し方を」
「そうだったのか」
どうやら落ち着いたらしく、シェルメルは神妙な顔をした。そして席を立ち、ディーンの前に歩いてきて跪いた。
「あなたが、我らの王を救ってくださったのだ」
ディーンはニコッと笑った。
「いいえ、実行したのはあなたがたです」
シェルメルはディーンの左手をとって、その甲にくちづけた。
「国王陛下のかわりに、御礼申し上げます。我が公子。あなたの助言がなければ、ヴァーン公殿下といえども打ち倒せぬ敵でした。実に厄介な、悪魔の手先のようなやつでした」
彼はまったく無意識にその言葉を口にしたのだが、それは奇しくも、事の真実を突いていた。
「その通りなんです、シェルメルさん。アゼルというのは、ゲルブル……ぼくらの敵である『混沌』の悪魔が遣わした、手先だったんです」
「おお」
メリルは胸を押さえた。「混沌」の名を聞いたためである。それは、古き魔法文書にのみ記された、秘密の名前であった。
「天竜の転生者よ……あなたが現れたのは、やはり『混沌』の時が来たからなのか」
「はい、たぶん」
ディーンは再び手を挙げて、炎の輪を出した。その中心には、黒い靄に包まれた石像のようなものが映っている。六枚の翼を具え、人の顔と上半身を持ち、竜の下半身をした異形の者。まさに、「悪魔」と呼ぶに相応しい姿をしたそれは、ただの像でもひどく禍々しいものに感じられた。
炎の輪の中に顕したその姿を眺めながら、ディーンは目を細めた。
「『彼』があらわれます。地の竜を喰らい、地上を我がものにするために。『彼』の封印が解かれるときは間近です。……今度こそ、止めなくては」
「今度こそ?」
聞きとがめたシェルメルに、メリル卿が答えた。
「古き書物の伝記によれば、天の竜は、危機が訪れるたびに転生を繰り返しておられるのです。そうして、この世界と我らを、『混沌』の悪魔ゲルブルたちの魔の手から、お守りくださっている」
シェルメルは怪訝そうな顔をした。一般人には、転生のことは何も知らされていない。




