第四章 緋鬼ル・グウェイ(8)
「枢機卿、彼らです」
シェルメルが、ディーンとカイトを紹介した。ディーンはすぐに立ち上がり、さりげなく略式の挨拶をした。ここはシェルメルの私邸、しかも応接間ではなく書斎なので、この場にはもっとも相応しい作法である。しかしカイトはメリル卿を一瞥しただけで、立ち上がろうともしなかった。
「おお」
メリル卿は眼鏡をとって、ディーンの前に跪いた。そして、皺だらけの両手を震わせながら、ディーンの手をとった。
「この……このかたは」
興奮を抑えきれない様子で、メリルはディーンの黒い瞳をみつめた。ディーンも、彼の透きとおった空色の瞳を見た。そこに、涙の粒が盛り上がる。
「おお……おお……まさか生きているうちに、お会いできるとは……」
メリルはディーンの足もとにひれ伏し、嗚咽をもらした。シェルメルが駆け寄ると、袖口で涙を拭きながら立ち上がり、彼にすすめられるまま、上座の席に着いた。
「すみませんな、つい、気が昂ってしまいまして」
すぐに落ち着きを取り戻し、メリルは快活な口調で話し始めた。今年で八十歳になろうかという高齢だが、矍鑠としたものである。
シェルメルの召使が飲み物を運んできたが、メリルはそれを断った。そして、彼が短い呪文を口にすると、テーブルの上のグラスに液体があらわれた。薄いピンク色に染まった、透明な――果実の香りのする、不思議な飲み物である。
「祝いの酒のかわりにこれを。このあいだ開発した魔法の果汁です。どうぞお試しあれ」
「えっ、いまの短い呪文でこれを生成なさったのですか?」
思わずシェルメルが尋ねると、メリルは長い白髭を揺らしながら笑った。
「はっは。転送呪文でございますゆえ、生成呪文よりはずっと短くて済みます。学問所に、これを入れた樽や壜などの容器があるのです」
「なるほど」
それにしても巧みな魔法の使用ぶりである。「転送」はかなりの高級魔法で、こんな風に気軽に使えるようなものではない。「流石は学問所の最高指導者」と、シェルメルは嬉しそうに褒めたたえた。
それは、ほんのり甘酸っぱく、不思議な味わいの飲み物だった。
「これは――?」
思わず、ギレンは声に出していた。そして、失礼なことを言ってしまったと焦り、慌てて口もとを押さえた。
「ははは、いいのです。いかがでしょう? 率直な感想をききたい」
「美味しいです」
ギレンが答えるより先に、ディーンがすばやく感想を述べた。彼のグラスは、既に空になっている。
「でも、違う種類の植物をかけあわせることには、ちょっと賛同しかねます。植物はみずからの意志で、そのありかたを選ぶのですから。あまりいじりすぎないほうがいい」
ディーンの言葉に、メリルは目をまるくした。
「飲んだだけで、おわかりになるのですか」
「いいえ、あなたの心を読んだから。ぼくの体は、それほど味覚が発達している訳ではありません」
八歳の子どもの姿をしているのに――その顔つきも、表情も、まったく子どもなのに。ディーンは、言うことだけがひどく大人びている。
「それから、天竜の転生者はぼくだけじゃない。カイトもそうです。ぼくに対して敬意を持ってくださるのは嬉しいですが……人間としてのぼくらは、ただルーン王国の王族というだけで、それ以上のものではありません。能力だけが少し変わっている、それだけです。ぼくらは竜の王ではあるけれど、まだ人の王ではないのです」




