第四章 緋鬼ル・グウェイ(7)
「緋鬼グウェイ」といえば、ルーン王国はおろか、大陸全土でその名を知らぬ者はない。十二年前のこと、砂の国ティクがルーンに仕掛けた略奪のための戦争があった。ティクは森林資源が少なく、水がすぐに枯渇してしまう。それで、彼らは水と森の大国ルーンへの大移動を試みたのであった。
当時二十一歳のル・グウェイは、その最前線に立ち、ギレンの父ローランドと二人で、獅子奮迅の大活躍をした。その頃彼は、父から輝甲竜アスタルスの契約を受け継いだばかりであった。彼の父である竜騎士ラウ・グウェイは、一度も戦地には赴いていない。輝甲竜との契約は、ル・グウェイの祖父ロイの時代に行われたものである。ルーンが所有する輝甲竜のことは、当時ほとんど知られていなかった。
ティクの人々が輝甲竜という生物を目にしたのは、そのときが初めてだったに違いない。ティクの魔道士たちは、火の魔法の通じぬ炎があることを思い知った。そして、魔法を弾く「反射の鎧」があることを。それは彼らにとって、大いなる恐怖であったろう。若きグウェイと、そしてギレンの父、実質的には彼ら二名の活躍でルーンは救われたのである。
ローランド・ギレンは英雄と讃えられ、「黒き死・ギレン」の異名をとるようになった。彼はグウェイの師でもある。そして、ギルはローランドに拾われた戦災孤児だった。ティクとの戦争で両親をなくした子どもは少なくない。
グウェイはローランドのもとにたびたび顔を出していた。そのため、彼女は以前からグウェイを知っている。政務官になったシェルメルや、「黒の森」に封じられたヴァーン公は、ローランド・ギレンが生きているうちに顔を見せたことはなかった。政務が多忙をきわめたためである。ギレンは、シェルメル公爵や王弟ヴァーン公が養父の教え子であったことすら、知らなかった。
ごく稀にではあるが――ときどき、グウェイはギレンの剣の練習相手になった。だから彼は、身をもって理解している。ローランドがギルを自分の後継者に選んだわけを。そして成人した彼女は、父によく似た戦い方をする、まごうかたなき本物の竜騎士となった。
ローランドの娘ギル・ギレンは、父の騎竜、父の鎧、そして父の異名までをそっくりそのまま受け継いで、「黒き死・ギレン」と呼ばれるようになったのである。
***
楽しげな話し声と足音。軽いノックのあとに、扉が開いた。シェルメル公爵がメリル枢機卿を連れて、書斎に戻ってきたのだ。
グウェイとギレンはさっと立ち上がり、深く頭を下げて敬礼した。メリル卿は、片手をあげてそれに答えた。
「これはこれは……どなたかと思えば、ギレン殿でしたか。いつも鎧姿でいらっしゃるので……いや、グウェイ殿がついに奥方を迎えられたのかと思いましたよ」
ギレンは複雑な笑みを浮かべた。グウェイは先ほどと違って、まったく動じることなく壁際に立った。勤務中の騎士は、高い役職を持つ王宮官吏の前では、椅子に座らないものである。
ギレンが思わず壁側に行こうとすると、グウェイはそれを目で制した。彼女はいま王族公子の保護者代理として来ているので、その限りではない。するとメリル卿はすぐに察して、グウェイに対し椅子に腰掛けるよう命じた。




