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竜の剣  作者: 高倉麻耶
第一部 第四章
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第四章 緋鬼ル・グウェイ(6)

「憶えていない?」


 グウェイは目を細めた。


「ああ。どうやら、全部忘れているようなのだ」


 シェルメル公爵は剣を磨きながら言った。向かいあった二人の横に、私服姿のギレンと双子が並んで座っている。ディーンは本に熱中しており、カイトはいつもどおり影のように寄り添っていた。


 ここはルベイの城下にあるシェルメルの邸宅である。彼は故郷に自分の城を持っているが、政務のために敢えて王宮の近くを選び、別邸を設けている。


「わるいな、副隊長殿。休暇中に」

「いいえ」


 ギレンはグウェイの命により、ディーンとカイトを自宅で預かっていた。休暇は、そのための名目である。実質上は仕事をしているのと変わらなかった。彼女がその任をまかされたのは、一人暮らしで家族がいないからである。


「ギレン、騙されるなよ。こいつは女たらしだからな」


 グウェイは面白そうに唇の端をひんまげて笑い、グラスの水を飲んだ。テーブルには最高級黄金酒の壜が置いてあるが、彼は昼間のあいだは決して酒を飲まない。


「いい女を口説くのは紳士の礼儀だろう」


 シェルメルは剣を鞘におさめて、立ち上がった。


「鎧姿でもそう言っていただけますかどうか」


 彼の冗談に、ギレンは微笑を浮かべながら応じた。いまは異国風のなめらかな衣装で包まれた彼女の体は、ふだん漆黒の鎧ですっぽりと覆われている。黒いのは、それが特殊な魔法で鍛えられた金属だからである。その鍛錬法は「岩の民」以外に誰も知らないので、非常に貴重な高級金属なのだ。彼女の鎧は、シド、グウェイ、シェルメル三人の恩師であるローランド・ギレンの遺品であった。


「そう、『黒き死』と呼ばれる悪魔の竜騎士殿が、まさかこんな美人だったとはね。しかし重くないのかい、あれは」

「魔法の鎧ですから、軽くて丈夫なのです。もう、あれ以外着られません」

「ふぅん。そんないい鎧なのか。おれだったら、盗まれやしないかと心配になるが」

「呪がかかっていますので、持ち主以外の人間には……重くて運べないのですよ」

「ほぅ」


 シェルメルは感嘆の声を洩らした。


「そりゃいい。おれも『岩の民』に会いに行って、造ってもらおうかな」

「おまえには無理だ」


 グウェイに鼻で笑われ、シェルメルはむっとした顔を見せた。


「なぜだ? 貴様に行けておれに行けぬはずはなかろう」

「ではまず輝甲竜を手に入れることだな。でないと、彼らの住む山の『迷いの魔法』が解けぬ」

「なるほど」


 その言葉に、シェルメルはあっさりと納得した。人間の知らない古い魔法を使う「岩の民」は、急峻な岩山の上に住んでいるのだが、許可なき者は彼らの住処へ近づくことができない。それは、グウェイの言う「迷いの魔法」がかけられているためである。輝甲竜は岩の民の崇敬をあつめる存在なので、輝甲竜と契約しているグウェイとギレンの二人だけは、そこへ行くことができるのだ。ただし、決して歓迎されるわけではない。


「ぼくも行きたいな!」


 唐突に、ディーンが本を閉じて口を挟んだ。シェルメルの個人蔵書『魔道の歴史』を読み終わったらしい。


「『岩の民』にあってみたい。ねぇギル、いつか連れていってくれる?」

「ええ」


 ギレンは嬉しそうに頷いた。心を読める能力を持つディーンが、自分を嫌わずに受け入れてくれたことは、彼女にとって大きな喜びだった。


「カイトも行きたい?」


 ギレンの問いに、カイトはちらっとフードの下から彼女を見て、小さく頷いた。ギレンはその様子を、単純に、


(可愛い)


と思った。そういう偏見を持たない素直なところが双子に好かれたのだが、彼女自身にその自覚はない。


 そこへ、ノックの音が響いた。シェルメルが返事をすると、彼の従者が言った。


「閣下、メリル卿がいらっしゃいました。こちらへご案内してよろしいですか」

「おお! やっと来たか」


 シェルメルは喜色を浮かべて扉を開き、みずから迎えに出た。グウェイはそのまま彼の書斎に残り、ギレンに話しかけた。


「あいつはいいやつだが、女泣かせだ。くれぐれも気を許すなよ」

「ぷっ」


 ギレンは真面目くさったグウェイの顔をみて、思わず吹き出した。彼が本気でそんな心配をしてくれるとは思わなかったのである。


「なんだ」


 グウェイは仏頂面でグラスを空けると、そっぽを向いてしまった。二人の様子を見ていたディーンが、ギレンにそっと耳打ちした。ギレンはそれを聞くなり、なんともいえない困った顔をしながら、ディーンの頭をそっと撫でて窘めた。


「ディーン。ありがたいけど、そういうことを本人に言ってはだめよ」

「そうなの? ごめんなさい」


 ディーンは素直に謝った。ギレンは微笑みながらも落ち着かない様子で、膝の上に両手の指を組んだ。


「ううん――今はいいの。まぁ、そういうことはいずれわかるのだし、わたしも別に隠す気はないし」


 その言葉で、グウェイはディーンが何を言ったのか理解したようだ。急に、苦虫を噛み潰したような表情になった。


「くそ」


 赤い頭巾をとって、彼は毛のない頭を掻いた。めずらしく動揺している。


「ごめんね、グウェイさん」


 ディーンは小首を傾げながら、悪びれもせずに謝った。


「ああ」


 一瞬でグウェイは平常心に戻り、頭巾を被りなおした。頬がやや上気しているものの、もう、いつもの彼に戻っている。



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