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竜の剣  作者: 高倉麻耶
第一部 第一章
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第一章 ディーンとカイト(1)

お読みくださいましてありがとうございます。

序盤ではなかなか話がわかりづらいかもしれませんが、これからだんだん面白くなりますので、ごゆっくりお楽しみください。

 北の大国ルーンの辺境に住む王弟シド・ヴァーンには、二人の息子と一人の娘がいる。といっても息子のほうは血が繋がっていない。それは彼らの容姿を見れば一目瞭然である。


 娘のシルヴィは、父親によく似たのような瞳をしている。髪の色はシドよりかなり薄い色の金髪だが、これは母親譲りだ。ところが二人の息子のほうは、どちらも黒い髪に黒い瞳で、顔つきもシド・ヴァーンとその妻のどちらにも似ていない。かといってシドに妾や二人の妻がいたかというと、そういう訳でもないのだった。


 二人の息子は、兄の名をディーン、弟の名をカイトという。これはシドがつけた名ではなく、名付け親は、賢者カンティヌスであると言われている。カンティヌスはその二人の額に祝福の印を刻み、「水の王国」ルーンの王弟であるシド・ヴァーンに預けた。生みの親もわからないこの双子の男児を、シドは迷うことなく養子にしてしまった。


 このことは、政治的には重大な意味のある珍事であった。王家は滅多に養子を迎えない。しかもそのとき、シドには大きな腹を抱えた若い妻がおり、もうじき実子が生まれることは明白であったのだ。もちろん、その実子が男児でないという保障はなかった。それなのに、まるではじめから女児であることを知っていたかのように、シドは双子を自分の養子にしてしまったのだ。


 珍事とされた理由はもうひとつある。もともと双生児は、昔から王家には凶兆という伝承がある。シドの兄であるルーン国王シルヴェウスは、当然、弟の勝手な決断に怒り狂った。そしてこの嫉妬深い兄は、自分より人気の高い有能な弟を、双子のことを理由にして「黒の森」という辺境の土地に追いやってしまった。「黒の森」は、北方の要塞城以外に何もなく、しかも凶暴な沼竜が棲む辺鄙な田舎である。王弟という高貴な血を継ぐ者の住むところではない。


 しかし、シドはこの仕打ちを快く受け入れた。むしろ、どこか嬉々とした表情さえ見せた。高官たちはみな首をひねったが、「賢き武公」と誉れの高いシドのことだから、何か深い考えがあってのことだろう、という結論を出した。ただ、シドを神のように崇める彼の信奉者たちは(おもに各地の武人貴族たちなのだが)、


「シド・ヴァーン公を王都に戻すべきだ」


と、国王に叛旗を翻しかねないほどの反発運動を起こしてしまった。すわ一大事、国を分けての内乱になるかと国民は震え上がったが、シドは一週間ほどであっさりとその運動を鎮めてしまった。彼は諸侯のもとへ自ら赴き、杯を交わしながら笑顔でこう言ったのである。


「わたしは政務には向かぬ。涼しいところで、妻とのんびり暮らしたい」


 実質的に、シドの機転で戦は回避されたことになる。そして、その後彼が鳴りを潜めていたおかげで、その奇妙な双子の存在は、十数年のうちに国民の頭から消え去っていた。


 ディーンとカイトは、こうして北国で静かな暮らしを送ることができた。額にめずらしい印をもつ「呪いと祝福の公子たち」は、かわいらしい妹と一緒に何不自由なく育てられたのだった。


 北の塔に住む賢者カンティヌスは、この二人をシドに預けるとき「双子」と言っていたが、不思議なことに「髪と瞳が黒い」ということ以外、二人はちっとも似ていない。


 兄のディーンは肌が白く、少女のように優しく繊細な顔立ちで、性格も、すこぶるおとなしかった。そして、養父のシドが舌を巻くほどに聡明で、十歳になる前に城内の書籍をすべて読み尽くしてしまい、「もっと本はないの?」とねだる始末であった。大人でさえ一冊を読了するのにどれほどかかるかわからないような、高等魔術の本まで。さらに驚くべきことは、彼がそれらすべてを一字一句間違いなく正確に暗誦できるという事実であった。


 そのかわり、ディーンはかなり体が弱かった。すこし運動するとすぐに熱を出してしまい、そのたびに乳母や家族を冷や冷やさせた。「この子はいったい、二十歳まで生き延びられるのかしら」と、彼の養母であるシド・ヴァーンの妻スクルドはよく心配した。彼女は血の繋がりのない二人の公子を、我が子として心から愛していたのである。


 また、ディーンは気を許した相手とのおしゃべりは大好きで、興が乗れば朝まででも一人でいろんなことを語る。それから、歌や楽器の演奏を好んだ。ディーンの声は女性より高く透明で、そして彼の笛や琴の音は、聴けば誰でも気持ちを揺さぶられるような豊かな表現力を持っていた。


 いっぽう弟のカイトは、兄とは真逆の性質を持っていた。肌は草原の民のように色濃く、すこし硬いようであった。その硬さは乳母を心配させた。「この子はもしかしたら、石病ではないか」と。石病というのは、全身の皮膚が石のように硬化する遺伝病である。だが育つにつれて、彼の肌の硬さは石病ではなく、生来のものであると判明した。


 カイトはほとんどの文字を読むことができなかった。医師はそれを「おそらく口をきけないことに起因しているのだろう」と判断した。そして「知能に問題がある訳ではない」と明言した。


 ケベレウスというこの医師は、シド・ヴァーン大公の篤い信奉者の一人であり、巷では名医と呼ばれていた。シドが辺境に追いやられるとき、自分の診療所をわざわざ畳んで、頼みもしないのに勝手についてきたのだ。そして城に住まわせてくれと言ったのだから、召使たちもみな陰でクスクス笑っていた。そんな次第で、ふだん慎重なシドもこの医師の言葉だけはだいたいそのまま信じている。


 ケベレウス師はカイトについて養父シドに奇妙な進言をした。「この子を決して怒らせないように」と。なぜかは言わなかった。


 カイトは表情というものをまったく持ち合わせておらず、泣くことも笑うこともほとんどなかった。人と関わるときは必ずディーンのそばにいた。ディーンだけにはなぜかカイトの心がわかるのである。聾唖者が身振り手振りで話す方法を、カイトは覚えようとしなかった。


 ディーンが彼に話しかけたり本を読んでやったりするので、耳が聴こえるということはわかっている。そして、体については「まったく問題ない」とケベレウス氏は言った。実は、カイトは体の問題で「口がきけない」のではなく、ただ単に「口をきかない」のだとわかったのである。そのことは、ある事件によって城内の全員に知られるところとなった。


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