第四章 緋鬼ル・グウェイ(3)
シドの眼は、「ギレンを信じる」と如実に語っていた。腹心の友グウェイが信頼する片腕だから、という理由だけではない。ディーンのように心が読めなくても、彼は確かな眼力を持っている。だからこそ、シドは多くの者の信望をあつめることができた。もしも彼に人をみる目がなかったら、その地位を簡単に利用されていたはずである。
「悪魔でないなら……」
ギレンは、かすれた声でつぶやいた。
「公子殿下、あなたのお考えを聞かせてください。我らの国王陛下を救う方法を」
***
夕刻、騎竜百人隊はシュブラウス城をあとにした。
「ちょっと狭苦しいですが……我慢してくださいね」
騎上から、ギレンは鉄箱の中に声をかけた。
「大丈夫です。ご心配なく」
十頭の走竜がく巨大な鉄箱の中には、竜狩り用の鎖網が入っている。そこに、グウェイはシュブラウス城の中から古いクッションや毛布をもらい、持ち込んでおいた。そして、ディーンとカイトの二人がその上に座っている。鉄箱の側面には、持ち運びのときに手をかける穴が並んでいる。そのため、息が詰まるような心配はない。ただ、乗り心地は決して良いとはいえないだろう。
強烈な金属音と、鋭い号令が響いた。
鎖が巻き上げられ、跳ね橋が徐々に上がっていく。見事に計算された構造を持つこの橋は、用が済むと二つ折りになって、城壁と一体化する。その様子はシュブラウス城の名物として、国中に知られているほどである。
門の前には、シドと妻子が見送りに出ていた。グウェイはシドに向かって片手を挙げた。シドも、それに応じた。そのとき、シルヴィが大きく手を振りながら叫んだ。
「女の子の黒い騎士さぁーん! またきてねー!」
ギレンは、兜を脱いでそれを掲げ、大きく振ってみせた。まだ言葉も交わしていないのに、シルヴィ姫はすっかり彼女を気に入ってしまったようだ。
「ははっ」
グウェイが小さな笑い声を上げた。
「いまに、あの姫君は剣の稽古を始めるぞ」
ギレンは黙って兜を被りなおし、それからぼそぼそと呟くように答えた。
「そうしたら、わたしのかわりにアギスと契約してもらいましょうか。まあ、餌代はかかりますけど、誰よりも頼れる護衛です」
「だめだな。嫁ぎ先がなくなる」
グウェイは苛烈な冗談をとばした。適齢期を過ぎようとしている未婚のギレンは、黒い兜の下で思いきり顰めつらをした。
しかし、彼女は嬉しかった。幼い姫君になぜか気に入られたこともそうだが、グウェイが二人の公子に味方すると決めたこと。高潔な人格者として評判の、シド・ヴァーン大公と戦わずに済んだこと。――ギレンは、グウェイからヴァーン公の関係や今回の任務の内情を、まったく聞かされていなかった――そして最大の収穫は、これまで少しも心を開いてくれなかった厳しい上司が、今までと違う態度で接してくれるようになったことだった。
ただ、ギレンにはひとつ懸念があった。誰とも口をきかず、影のようにディーンに寄り添っているもう一人の公子、カイトのことである。ディーンと同じく人の心を読んでしまうその少年は、輝甲竜と同じ瞳を持ち、皮膚の一部は鱗に覆われ、鋭い牙を備えていた。この姿を見れば、多くの人は……彼らがほんとうに悪魔であると思い込んでしまうだろう。




