第四章 緋鬼ル・グウェイ(1)
第四章 緋鬼ル・グウェイ
「開門!」
衛兵が叫ぶ。
巨大な鎖の音が響き、跳ね橋が堀のうえに降ろされた。この木製の跳ね橋は、水上に浮かぶ城と陸地との、唯一の接点である。
ル・グウェイ率いる騎竜百人隊は、二頭の輝甲竜を先頭にして、その橋の前に一糸乱れず整列していた。しかし、今から戦争を仕掛けるという殺気立った雰囲気はない。橋が渡され、城門が開かれたのを見届けて、グウェイとギレンは輝甲竜を降りた。そして、二人だけ前へ進み出た。残された隊員たちはグウェイの命令どおり、そのまま待機している。
木製の跳ね橋は、人や走竜が渡るには十分な強度だが、輝甲竜の重さを支えるほどの力はない。その橋を渡るには、グウェイとギレンは徒歩になる必要があった。用心深いグウェイが、戦地でみずから輝甲竜を降りるなど、あり得ないことだった。彼の行動が意味するところはひとつ。「この状況は、戦ではない」ということである。
シドは、みずから城の入り口に立ってグウェイを出迎えた。彼らは親しげに挨拶をかわし、笑顔で肩を抱き合った。城の騎士たちはみな、二人の竜騎士に喜んで敬礼した。
「遠かったろ」
「まあな」
グウェイはシドにぞんざいな口をきいた。王弟に対してこんな話し方をする人間は、王以外には滅多にいない。だが、シドが無礼に怒る様子もない。
シドを前にして、グウェイとギレンは兜を脱いだ。城内の全員が大広間に集まり、二人を見守っている。
「あっ」
母の手をしっかり握ったシルヴィが、小さな声をあげた。
「あの黒い騎士さん、女の子だわ!」
「しっ」
スクルドは人差し指を口元に当て、シルヴィを窘めた。
「静かにしないと、お部屋に閉じ込めちゃいますよ」
「はぁい」
しかしシルヴィは、兜を脱いで長い金髪を垂らしたギレンに、興味津々の様子だった。小さな姫にみつめられたギル・ギレンは、彼女の視線に気づくと、こっそりウィンクして見せた。シルヴィはこれを喜んで、頬を染めながら恥ずかしそうに笑った。
グウェイとギレンは来客用の椅子を用意された。これは、高位貴族と同じ高待遇である。
「どうも椅子というものは馴染めないな。鞍を用意してくれぬか、騎竜用の」
めずらしくグウェイが冗談を言うので、ギレンは目をまるくして上司を見た。彼女は、シド・ヴァーン公とは初対面である。シドは体を揺らして、可笑しそうに笑った。
「変わらんな、グウェイ」
「殿下も」
「シドでいい。昔のように」
「懐かしいな」
普段、氷のように無表情なグウェイが、唇の端をゆがめて笑った。ギレンは彼の笑顔を初めて見たので、思わずぎょっとしたあと――なんとも複雑な顔をした。
「それで、転生者というのは?」
グウェイが尋ねると、シドはディーンとカイトを呼んだ。見慣れぬ客人に、ディーンは型どおりの丁寧な挨拶をした。しかし、カイトはフードを深く被ったまま、幽霊のように黙然と立っているだけだった。
「これ、カイト。挨拶せんか」
シドはカイトの頭を押そうとした。が、微動だにしなかった。どうやら頭を下げたくはないらしい。
「ふ、竜の王らしい」
グウェイはにやっと笑い、カイトの顔を下から覗き込んだ。彼の異形の眼を見た瞬間、グウェイの顔から表情が消えた。
「気にしないでください」
ディーンがグウェイに話しかけた。振り向いたグウェイはしばらくディーンとみつめあったが、溜め息を吐いて席に戻り、
「心が読めるというのは本当だったようだな」
と小さくつぶやいた。シドは椅子を用意させ、息子たちを自分の左側に座らせた。
「この子らがいる限り、わたしを騙すことはできんぞ」
シドの冗談に、グウェイは真剣な眼差しを送った。
「でしょうな。ところで、魔道士アゼルのことはどこまでお調べに?」
「それはメリル卿に任せておいた。二度目の報告はまだ来ていないが、最初の報告では……」
シドは声を低くした。
「魔道士ヘカインの弟子だった『アゼル』という男は、一度死んでいる。あれは、おそらく死体なのだ」




