第三章 騎竜百人隊の来襲(5)
カイトが言葉を嫌う訳は、その「伝わらなさ」による。心と心が繋がれているとき、何も心配は要らない。そこにあるのは安心だけ。しかし、人の心の状態が手に取るようにわかってしまうカイトには、人々が互いに抱いている不信感までが丸見えなのだ。「言葉など使うから、心が繋がらない。言葉を捨てればいいのに――」カイトは、いつもそう思っている。
それに対して、ディーンは別の思いを抱いている。「言葉はおもしろい」。
心には決まった形がなく、水や火や風や土のように、定まらぬまま永遠に流れ続ける。しかし言葉は、人の心の中に、建物のようにくっきりと存在する。そして、規則的な美しさを持っている。
人の手でつくられたものは、不完全ながらもその一部に、必ず何かの本質を宿している。さながら、花をうつしとった絵のように。竜である彼の身にとってみれば、人のつくるものなど、ごく些細なものではある。だが、とても壊れやすく、失われやすいその細工は、ひどく貴重なものだという気がした。
言葉だけでなく、ディーンはヒトという生き物に対して、興味と深い愛情を抱いている。彼にとって、みずからの分身であるカイトはかけがえのない存在だが、人間たちは血の繋がった幼子たちのようなものだ。母が子に対するような天竜の愛情は、人の身に生まれ変わっても変わらなかった。それは、もちろんカイトの中にもある。
ただ、カイトの意識にはもっと強く、人として生まれたディーンへの愛情があった。この小さな、小鳥のような、かよわい兄を守るためなら。攻撃する者、邪魔な者、すべてを排除する覚悟だ。自分の身に何が起きようとも厭わない。
もしも彼らが分断されず、ひとつ身のままで生まれたならば。ひとつの心は、すべての均衡がとれていたはずだった。しかし彼らは、人間として生まれたときに、二つに分かたれてしまった。そう、まるで……人々の伝える、あの「創世神話」のように。
***
竜騎士グウェイ率いる百人隊は、早朝、シュブラウス城の前へ到着した。城の様子を斥侯に見に行かせたところ、特に変わった様子はないと言う。
「いかがいたしますか」
副隊長ギレンが尋ねた。ギレンは、紅いふさのついた黒い兜を被り、真っ黒な鎧を身につけている。その背に纏ったマントも黒。特徴的なその姿、そして容赦なき戦いぶりゆえに、「黒き死・ギレン」と渾名がついている。
「まだ早すぎる。ここで全員に一ティクスの休憩をとらせよ。見張りは必要ない」
グウェイの指令に、迷いはなかった。その様子はいつも通りだったが、ギレンはわずかに目を瞠った。常に「絶対の安全などない」と主張するグウェイは、いままでに見張りを置かなかったことなど、一度もなかったのである。
だがギレンはグウェイの指示に反論せず、そのまま従った。夜通し進軍してきた隊員たちは、めずらしい休憩のしかたに少々戸惑ったが、規律どおり二人一組になって自分の竜を休ませ、交替で仮眠をとった。




