第三章 騎竜百人隊の来襲(4)
カイトは緊張を解いた。高位の意識を持つ竜が「攻撃の意志はない」と伝えたためである。言葉に欺かれることはあっても、心で心を欺くことはできない。
寝室に戻ろうと思った瞬間、ディーンが目覚めてカイトのいる場所へ向かってくるのを感じた。
(すぐ戻るよ)
いつもどおり、カイトは心で話しかけた。ディーンは足を止め、ややためらったのち、再び歩き出した。
(いい。そこにいて)
(わかった)
言われたとおり、カイトはそのまま森の夜景を眺めながら、ディーンの到着を待った。月が雲に隠れた。月光が再び現れると同時に、ディーンはカイトの後ろに立って、その背中にふわりとケープをかけた。
「寒い」
白い息を吐きながらディーンが言い、微笑んだ。振り向いてその顔をみたカイトが、
(おれ、寒くない)
と伝えながらケープを脱いで、ディーンの体に掛け直した。
「全然?」
(全然)
ディーンは少し驚いたが、すぐに微笑みを浮かべて、人差し指を立てた。
小さな炎がともった。火の魔法である。火の竜の化身であるディーンが、もっとも得意とするところだ。普通の人が火を呼び出すには呪文が必要だが、彼の場合は、呪文に依らず、いつでも自在に魔法を使うことができる。
もともと魔法というのは、「世界じゅうに満ちている、四つの竜の力」をほんの少し借りる行為である。呪文は、借りるための証文のようなもの。竜の化身である彼は、わざわざ他から借りる必要などないのだ。
二人が「呪文を唱えずに魔法を使うことができる」という事実に、いちはやく気づいたのは養父シド・ヴァーンだった。シドは二人にそれを確かめると、「決して人前では呪文なしで使わないように」と教えた。その理由は、今の彼らには痛いほどよくわかる。彼らに対する、シドの深い愛情とともに。
「ねぇ……カイト。僕ら、これからどうなると思う?」
ディーンは、声に出してつぶやいた。心の声で伝えたほうがずっと早いのだが、ずっと心だけで話せば、やがてカイトが人の言葉を忘れてしまう。だからディーンは、必要なとき以外は声を出して言葉で話すことを習慣づけている。
カイトは未来のことを考えてみたが、予知の力は複雑すぎて、現在の彼の幼い意識では受け止めきれなかった。彼は予知をあきらめて、予想という形で思考した。
(できればこのまま、この城で無事に暮らしていきたい。でも無理だ。いずれ出ていくことになる)
「そうだね」
(ゲルブルの一族がおれたちを狙っている)
「……うん」
ディーンとカイトは月がよく見えるように、並んで座った。そしてディーンはカイトの肩に、そっともたれかかった。ディーンがその膝に置いた掌の上で、ちいさな炎が燃えている。カイトはディーンの柔らかい黒髪を撫でた。彼らは二人きりでいるとき、兄弟というより、まるで恋人同士のように親密になる。
天に咲く白い花のような満月が、寄り添う二人を見守り、無言で光り輝く。月は、神話にって「天竜の左眼」と喩えられる。まさかそれを本気で信じている者はいない。だが、彼らはよく知っている。人々が言い伝えてきたものは、すべて真実の比喩であることを。




