第三章 騎竜百人隊の来襲(3)
輝甲竜はたいへんに恐れられている。気性が荒く、炎を吐くためである。それだけではない。竜車にまさる巨体、びっしりと並んだ牙に強靭な角、鋭い鉤爪、刀のような背鰭を備えた尾。しかもその尾は自由自在に動く。その皮膚は頑丈で、鉄板より硬い黄金色の鱗が全身を覆っている。まさに、「歩く最強兵器」といったところである。
見た目には恐ろしい輝甲竜だが、意外にも知能が高く、人より高い知性を備えている。人の言葉を話すことができ、交流も可能である。彼らがそれを望めばであるが。
輝甲竜の一族は火山の中に住んでいて、滅多に人里へ降りることはなく、人を襲うこともない。彼らの寿命は人よりずっと長く、優れた種族なのである。そんな彼らが、なぜ騎竜の地位に甘んじているのか。答えはひとつ、魔法の契約に他ならない。だが、グウェイとギレンがどうやって輝甲竜と契約したのかは、本人以外の知るところではない。
火山地帯の近くには、「岩の民」と呼ばれる少数民族が暮らしている。「岩の民」は、妖精の子孫と自称している、背丈が人の半分ほどしかない小人の一族である。人と馴染まぬ彼らは、輝甲竜を偉大なる存在として崇め、畏敬の念を抱いている。もしも彼らがグウェイとギレンの姿を見たら、顔を真っ赤にして怒り出すことだろう。岩の民は、人の使う魔法を「下劣な悪法」として嫌っている。まして輝甲竜と契約するなど、彼らにとっては神の冒涜に等しい行為だ。
輝甲竜は、かくも特別な存在なのである。その輝甲竜二頭を有する騎竜百人隊は、ルーン王国軍きっての最強部隊。それを差し向けられれば、シュブラウス城はどうなるか。答えは、火を見るより明らかであった。
***
もっとも早く異変に気づいたのはカイトだった。ひとり目をました彼は、ベッドを抜け出したあと、ディーンが眠っているのをそっと確かめた。それから、静かに塔の最上階へ向かった。
変性したカイトの眼は、異常なほど夜目が利くようになっている。闇の中で、彼の燃えるように紅い瞳だけが、炎のように揺らぎながら塔の階段を昇っていった。
最上階に出たカイトは、くっきりと夜空に浮かぶ蒼白い満月を見上げた。薄くかかった雲が光に透けて、淡い虹色に染められている。しかし、その静かな夜の景色に、耳が痛くなるほどぴりぴりした空気が張り詰めていた。彼は意識を研ぎ澄ませ、ゆっくりと全方向を見まわした。そして――南の方角に、夥しい数の竜が近づいてくる気配を感じ取った。
その中には、この人生では感じたことのない高等な竜の意識があった。森の彼方をみつめながら、カイトはその竜に話しかけた。
(おまえ、だれだ?)
時を同じくして、深い森に挟まれた広い公道を進軍していた、騎竜百人隊の動きが止まった。
副隊長ギル・ギレンの乗る輝甲竜が、突然、ぴたりと急停止したのである。続いて、隊長ル・グウェイの輝甲竜も足を止めた。やがて、飛竜が御者の命に背いて、一頭残らず地上に降りてしまった。
「どうしたのだ」
ギレンは驚いて、契約者である輝甲竜アギスに話しかけた。アギスは、ゆっくりと地を這うような低い声で、たどたどしく答えた。
「……われら竜族の王がおられる……この先に進むことはできぬ……」
「どういうことだ」
ギレンの問いに、アギスは沈黙した。グウェイは自分が乗っている輝甲竜に、鋭く問うた。
「竜族の王とは、誰だ。どこにいるのだ」
グウェイの輝甲竜は、しばらく黙っていた。グウェイは「契約者アスタルスよ、我が問いに答えよ」と言って自分の左胸に手を当てた。アスタルスは苦しげに一声呻いてから、真っ赤な眼を細めながら言った。
「契約者ル・グウェイよ……我ら竜の眷属で『心ある者』は……みな、始祖である天の竜が人に転生したことを知っている……止まらねばならぬ」
「なぜだ」
「このまま無理に進めば……わたしと、おまえの部下が乗る竜はみな……血を吐いて死ぬことになるだろう」
その言葉は、騎竜百人隊の全員を震撼させた。一頭の竜もいない百人隊など、裸同然である。だが、グウェイは撤退命令を出さなかった。
「ではアスタルス、さらに問う。おまえはなぜそれがわかるのか」
「……心持つ竜は……心で話すのだ」
「転生者もか」
アスタルスは、返事のかわりに小さな炎を吐いた。
「ふむ」
グウェイは眼だけを動かしてギレンのほうを見た。そして、すぐに言った。
「では、その『竜族の王』に、攻撃の意志はないことを伝えよ。進軍する」
飛竜たちが翼をはためかせ、次々と飛び立った。百人隊は、シュブラウス城に向かって、真夜中の進軍を再開した。




