(6)悪役令嬢は夢の中で生きている?
幼い兄と若いエマが出て行くのを見送った私は、改めてベッドの上で考える。
私はあの時、ヒロインの手によって首を絞められて死んだはずだった。
いや、死んだはずだ。
あの時のヒロインは、明らかに私を殺そうとしていたから。
アルバート殿下に愛されている私を、絶対の殺してやるという気迫を感じた。
でも、今は何故か幼い姿でベッドの上にいた。
しかも、記憶よりも若いエマと幼い兄様がいる。
「…………痛い」
頬を思い切り引っ張っても感じるのはそれによって生じる痛みのみ。
痛みを感じるということは、ここは私の夢の中というわけではないのだろう。
ヒロインによって首を絞められ、酸素不足で意識を失って夢を見ているという案はなくなった。
「死後の世界…………なのかな?」
思わず、小さな声で呟く。
死後の世界。
前世では地獄とか天国とか、死んだ後の世界の話は想像や宗教上では存在していた。
でも、そんな世界があるのかは知らない。
何しろ私は通り魔に刺されたかと思えば、気づけば赤ん坊としてこの世界に生まれていたのだから。
地獄とか天国とかをすっ飛ばして、転生したのだ。
死後の世界があるのかはわからない。
でも、死後の世界なのではないかと思う。
だって、ここには死んだはずの両親も兄もエマも。
みんなみんな、生きているのだ。
確かに若かったり幼かったりしているけれど、私の記憶の通り。
アルバート殿下に見初められて妃教育が始まる前の、幸せだった時の記憶の通り。
…………あんな地獄のような未来があるなんて知らなかった、幸せしかなかったかこの世界。
「…………もしもここが死後の世界なら、ずっとこのまま…………」
ずっとこのまま、この時間のまま過ごしていたい。
苦しみも悲しみも裏切りも、この時には何もない。
ただ優しい両親と、大好きな兄やエマと__みんなと一緒にいる一番平和な時。
ずっと、このまま__。
そう思っていれば、ドアをノックする音と共に記憶よりも若い両親が部屋に入って来た。
「リサ、大丈夫?」
「お母様、お父様」
「気分が悪いと聞いたよ、大丈夫かい?」
「…………うん。お母様、お父様」
「どうしたの、リサ?」
「どうしたんだい?」
「ぎゅって、してほしいです」
「…………ふふ、いいですよ」
私の言葉に驚きながらも微笑ましいと言いたげな表情で私を抱きしめるお母様と、私とお母様を抱きしめるお父様。
そんな二人に抱きしめられたまま、その温かさに私の心の中でどっと安心感が溢れた。
そして、泣きそうにもなった。
ああ、生きている。
生きているのだ、二人は。
エマも。
お兄様も。
みんなみんな、生きているのだ。
あの冷たい死体でも、なんでもない。
ちゃんと目の前で生きているのだ。
「しっかりと休むんだよ」
「はい」
そう言って出て行く両親の背中をジッと見ながら、私は思わず呟いた。
「…………このまま、夢から覚めたくない」