(2)悪役令嬢はすべてを失う
揺れる馬車の中で思わずため息を吐く。
つい先ほど、私は幼い頃から交流してきた婚約者から婚約破棄と国外追放を言い渡された。
存在しないはずのいじめ。
私は、あの阿婆擦れ女にいじめなどしていない。
でも、その光景を見たという者がいる。
真っ先に考えるのは、誰かが私を陥れようとするための虚言だろう。
でも、それを証明するための証拠がない。
…………つまり、今の私に打つ手はない。
ゲーム通のシナリオ通り、アルバート王子のハッピーエンドルートに入ったのだろう。
確か、このルートでの悪役ポジションである「リーシャ・ラングリーズ」の最後は、国外追放されたとしか描かれなかった。
続編のゲームにも、彼女が何をしているのかは描かれていない。
ということは、これからはシナリオから完全に開放された人生ということなのだろう。
「…………はあ」
せめてバッドエンドにならないようにと、頑張って妃教育に捧げてきた時間がすべて無駄になった。
でも、他の国の情勢などは知識として入っているし、案外この国以外でも生きていけるかもしれない。
あとは、私の今の現状をあの優しい両親や兄達がどう反応するかだ。
あの人たちのことだ。
冤罪だと知れば、すぐに国に苦言を言いに行くだろう。
何しろ、お母様は現国王の奥方様とは古くからの知り合いだ。
お母様たちの苦言を聞いて再調査__になる可能性もある。
現国王もその奥方様も、非常に不正というものを嫌っている方だから。
でも、私は正直とっととこの国から出て行きたい。
そう考えていれば、側に控えていたメイドのエマが話しかけてきた。
「お嬢様…………本当にこの国から出て行くのですか?」
寂しげな声音で言うエマに申し訳なくなる。
エマは、私が自分自身が乙女ゲームの悪役令嬢ポジションに転生したと理解する前から私の世話をしてくれたメイドだった。
歳はエマの方が上だけど、なんとなく同い年の友達のような感覚を持っていた相手だ。
正直、今後彼女と一緒にいられるかはわからない。
何しろ王子から国外追放を受けた身だから、今も正式にこの国の身分を保証されている彼女に命令する権利は持ち合わせなくなる。
「ええ…………正直、もう殿下に対しては呆れているしついていけないわ」
「そうですか…………お嬢様、私も連れて行ってくださいませ!!旦那様がなんと言うかわかりませんが、私はお嬢様に一生ついて行きますわ!!」
「ありがとう、エマ」
拳をグッと握り、そう言った彼女は今の状況にそぐわないぐらい輝いて見えた。
エマと今後について話していれば、屋敷につくのはあっという間だった。
今までの18年間を過ごした家。
…………のはずなのに、どこか違和感をぬぐえない。
「…………お父様、お母様、お兄様?」
屋敷の中が、不自然なほどに暗いのだ。
あのおバカ殿下が起こした騒ぎのせいで、大幅に変える時間が遅くなったはず。
それにこの時間なら、もう両親も兄も帰ってきているはず。
だというのに、屋敷の中は灯りが全く灯っていないのか月明かりが窓から入るだけで薄暗い。
「おかしいわね…………家の中がこんなに暗い」
「お嬢様、私は二階を見てきます」
「エマ、お願いね」
壁にかかっている蝋燭に火を灯しながら言ったエマにそう答え、私は他の蝋燭に火を灯していった。
部屋の中にあった蠟燭にすべて火を灯し終えた後だった。
「きゃあああああああああああああああ!!!!!!」
二階から、エマの悲鳴が聞こえてきたのは。
「エマ!?」
「あ…………ああ…………ああ」
「エマ、どうしたの!?」
「はっ、お嬢様見てはいけません!!」
二階へ続く廊下を駆け上がれば、両親の部屋の前で腰を抜かしたまま床の上で震えているエマを見つけた。
そのまま彼女に近づけば、彼女の顔色は薄暗い廊下でもわかるぐらい真っ青だった。
いったい、どうしたというのだろう?
エマは、メイドとしてこの家にやってきてからかなりの年月が経っている。
何か問題が起こっても、彼女がここまで狼狽えている姿を見たことがなかった。
そんな彼女の視線の先を見ようとすれば、彼女がハッと冷静さを取り戻したのか慌てて私の視界をふさごうとした。
でも、その前に私は見てしまった。
「…………え?」
開かれたドアの向こうに、両親はいた。
赤黒い液体に汚れ、母と兄の上に覆いかぶさるようにして父は倒れていた。
「お、かあさま?おとうさま?…………おにいさま?」
よろよろと立ち上がって、彼らをの元へ行く。
彼らの体は冷たかった。
父の背中には、何かで何度も刺されたような跡があった。
母の額には穴が開いていて、兄の顔の半分は砕かれたような跡を残したまま亡くなっていた。
…………両親と兄は、死んでいた。
今朝、いつも通り笑っていた大切な家族が死んでいた。
しかも、明らかに誰かに殺されたとわかる。
なぜ?
なぜ、この三人は死んでいるの?
何故、こんな最後を迎えたの?
『あら、おはようリサ』
『おはよう、リサ。そしておめでとう。今日は卒業式だろう?』
『リサ、今日はパーティーがあるだろうけど出来れば早めに帰ってきてね?渡したいものもあるし』
そう言って笑っていた家族が、なぜこんな目に。
「…………っ、お嬢様!?」
「え?」
慌てたエマの声に驚いて振り返れば、ちょうど彼女が私に覆いかぶさるところだった。
__何が、あったの?
確認する間もなく、私の意識は暗転した。