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異邦人(1)

「掃除、あらかた終わりました」


レイジが店の裏口から顔を出して言った。


「うん。こっちももう終わるから先上がってー」


店の裏手、濯ぎ終わった水桶の中の食器を乾拭きしながら私は答えた。


「了解です。おやすみなさいルーシー」

「おやすみレイジ」


レイジはぺこりと一礼すると裏口の戸を閉めて中へと消えた。父さんと喋る声が微かに聞こえた後、ギシギシと階段が鳴った。

レイジは酒場になっている1階を上がり、2階の廊下を突き当たった物置部屋から更に梯子を上った場所にある屋根裏部屋に居候している。


「さて、と」


乾拭きが終わった最後の皿を空の桶に入れ、私の今日の仕事も終わった。

まだ秋と呼ぶには早い季節だが、井戸水が指先に堪え始める頃だ。両の指を摩りながら夜空を見上げると二つの月が夜空に煌々と輝いていた。


裏口から調理場に戻るとカウンターテーブルの客席で父のグレゴリーが帳簿の管理をしていた。

先刻さっきまで喧噪と酒の匂いで溢れていた店の中は、今ではテーブルに置いたランプの光と獣脂の燃える臭いだけが揺れていた。



「こっちも終わったわよ」

「おーぅ」


帳簿を睨んだまま父さんが生返事をする。

母を亡くして以来、仕入れから売り上げまで帳簿の管理は全部父さんの仕事だ。数字は苦手だとぼやきつつも、金の管理を娘に任せる訳にもいかないと日々帳簿と硬貨と戦っている。

人を雇う余裕が無く、基本的に私達親子二人で回しているこの店だが、少し前にレイジが居ついてから給仕や雑用をこなしてくれているので多少楽になった。


レイジは数か月前に町の外れで行き倒れている所を買い出し中に私が偶然見つけて拾ってきた。飯を食わせて数日寝かせておいたところ「寝床と食事があれば給料は要らない、仕事をするのでこのままここに置いてくれ」というので雑用係として使っているが、流石にそろそろ私も父さんももタダ働きさせっぱなしは流石に悪いと思い始めている。仕事への熱意はともかくとして、真面目に働いているのは確かだ。


レイジという男は、とにかく覇気とか元気とかいうものが無く、いつも人生に疲れ切ったような顔をしている。

自分の事をまるで年寄りのように言うし、実際若いとは形容しがたい見た目ではあるが、年寄りと表現するにあまりにも若すぎる。私の見立てでは30かそこらといったところか。

どうも身の上を語りたがらないようなので、あえてこちらも詮索するような事はしていないのだがどうせ冒険者崩れか何かだろう。うちの常連にもそういう手合いは何人か居る。


エプロンを脱いで二階の自室に上がろうとした所を父さんに呼び止められる。


「あいつ、また賄い食ってねーから持ってってやれ」

「またあ?」


調理台の上に、売り物のさかなの余りを雑に挟んだサンドウィッチの皿が置いてあった。パンは既に乾いてカチカチになりつつあった。嘆息しつつ皿を持って階段を上る。そういう事ならさっきレイジが部屋に戻る時にそう言ってやれば良かったじゃない。

たぶん父さんは私とレイジをくっつけたがっている。そりゃあ私が婿を取れば店は安泰でしょうけどね。私にも選ぶ権利があるってもんよ。こちとらまだ花の18歳なのよ?

確かに想いを寄せてる男なんて居ないしレイジもそこまで悪い見てくれじゃあないけど、あんなくたびれたおっさんとなんていくら何でも願い下げだわ。

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